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中沢遺跡(草津市)2026年04月23日 21:58

中沢遺跡(草津市)(なかざわいせき)は滋賀県草津市西渋川から栗東市中沢にかけて所在する、縄文時代から中世に至る複合遺跡である。琵琶湖南東部に位置し、葉山川が形成した扇状地の先端部に立地する集落遺跡として知られる。遺跡の範囲は東西約400メートル、南北約600メートルに及ぶ。

概要

2011年度から2012年度(平成23年度から24年度)、宅地造成に伴う発掘調査が遺跡南側で実施された。その結果、古墳時代前期から中期(4~5世紀)にかけての河川跡が確認され、延長約130メートルにわたる流路から多量の遺物が出土した。出土品には、動物骨・植物種子・土器・木製品・石製品などが含まれ、当時の生活環境と生業活動を具体的に示す資料となっている。

とりわけ注目されるのは石製品であり、河道底付近から緑色凝灰岩製の鍬形石が出土した。表面に縞状の葉理をもつ特徴から北陸地方産の石材と判断される。この種の石材による鍬形石は奈良県および岐阜県に分布が集中しており、本例は高さ8.9センチメートルの上半部のみが残存する。鍬形石は首長層の権威を象徴する腕輪形石製品の一種とされ、集落遺跡からの出土例は天理市の岩室・平等坊遺跡に次ぐ全国でも稀な事例である。

また、滑石製の子持勾玉も出土している。弧状に湾曲した親勾玉の背部・側部・腹部に小型の勾玉(子勾玉)を付属させる形式であるが、本例では通常みられる紐通し孔が確認されていない点に特徴がある。これらの腕輪形石製品は、石川県や福井県など北陸地域で作られ、陸上交通や琵琶湖水運を通じて近江を経由し、大和地域へ運ばれたと考えられている。

こうした出土状況について、東海大学の北條芳隆は、中沢遺跡は北陸・東海・畿内を結ぶ交通の結節点に位置し、大和政権との結びつきを示す重要な遺跡であると指摘している。

木製品も豊富で、腰掛や高坏などの祭祀関連遺物が確認されている。とくに腰掛は、欅材を用いた一木造で、幅48cm・奥行23.5cmを測る。台形状に大きく開く脚部と台部を一体で削り出した構造は出土例が少なく、古墳副葬品として知られる石製・埴輪製の椅子形遺物に類似する。このことは、当該地域に有力首長層が存在し、祭祀的・政治的機能を担っていた可能性を示唆する。なお、肘掛部には補修痕が認められ、実用品として一定期間使用されたことがうかがえる。

以上のように中沢遺跡は、古墳時代の流通・交通ネットワーク、首長権力の象徴、ならびに祭祀行為の実態を考える上で重要な考古学資料を提供する遺跡である。

遺構

遺物

  • 鍬形石、
  • 子持勾玉、
  • 有孔円板、
  • 剣形石製品、
  • 管玉、
  • 臼玉、
  • ガラス小玉、
  • 二重口縁壺、
  • 小型壺、
  • 小型素文鏡、
  • 腰掛、
  • 木製高杯、
  • 円板形木製品、
  • 剣形木製品、
  • 刀形木製品、
  • 舟形木製品

指定

アクセス等

  • 名称:中沢遺跡
  • 所在地: 群馬県草津市渋川二丁目、栗太郡栗東町中沢
  • 交通:

参考文献

  1. 別所健二(1984)「弥生~古墳時代の農業用水路の検出 (草津市西渋川 中沢遺跡)」滋賀文化財だよりNo.83、滋賀県文化財保護協会
  2. 奥田尚(1989)「野洲川下流域の後期弥生土器の砂礫の観察」滋賀文化財だより No141号 大津、滋賀県文化財保護協会

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