寺戸大塚古墳 ― 2026年04月24日 00:10
寺戸大塚古墳(てらどおおつかこふん)は、寺戸大塚古墳は、京都府京都市西京区に所在する古墳時代前期の前方後円墳である。桂川流域に展開する乙訓地域の古墳群の中核をなす首長墳の一つに位置づけられる。
概要
本古墳は墳長約95mを測り、後円部径約54m・高さ約9.8m、前方部幅約38m・長さ約41mを有する。前方部は後世の削平により大きく改変を受けているが、後円部は比較的良好に残存する。墳丘は前方部2段、後円部3段からなる段築構造をもち、各段斜面には葺石が施され、テラス面には円筒埴輪が巡らされていた。
従来、本古墳は前方部が細長く伸びる「柄鏡形」の前方後円墳と理解されてきたが、2012年(平成24年)の発掘調査により墳丘形態の再検討が行われ、現在ではその評価は見直されている。
埋葬施設としては、後円部に竪穴式石槨が2基確認されており、いずれも割竹形木棺を内蔵する。主体部の主軸は墳丘主軸と一致し、石槨は長さ約5.2m、幅約0.9m、高さ約1.3mを測る。また、墳頂部北側には壺棺1基が配置され、前方部裾では埴輪を転用した棺が検出されており、追葬や周辺埋葬の存在がうかがえる。さらに方形壇状遺構の北側には家形埴輪が据えられていた。
副葬品は極めて豊富で、鏡類として三角縁神獣鏡、半肉彫獣帯鏡(中国鏡)、方格変形獣文鏡などが出土しており、畿内政権との強い結びつきを示唆する。装身具には石釧、硬玉製勾玉、碧玉製管玉が含まれるほか、碧玉製の琴柱形石製品や紡錘車形石製品などの石製模造品も確認されている。
武器・武具としては鉄剣・鉄刀(素環頭鉄刀を含む)・鉄鏃・銅鏃などが出土し、農工具として鎌・斧・刀子なども伴う。これらの内容は、被葬者が武人的性格と農耕支配の双方を担った首長層であったことを示唆する。
調査は1942年に前方部、1966年に後円部で実施され、主体部の構造と副葬品の全容が明らかとなった。さらに2012年の調査により墳丘形態の再評価が進み、本古墳の位置づけが改めて検討されている。
寺戸大塚古墳は、三角縁神獣鏡をはじめとする豊富な副葬品と整った墳丘構造を備えることから、古墳時代前期における乙訓地域の政治的中枢を担った首長墓として重要であり、畿内王権との関係性や地域支配構造を考える上で欠かせない遺跡である。
遺構
- 竪穴式石槨
- 割竹形木棺
遺物
- 円筒埴輪
- 三角縁神獣鏡2
- 半肉彫獣帯鏡1(中国鏡)、
- 方格変形獣文鏡1
- 三角縁神獣鏡1
- 碧玉製琴柱形1、
- 碧玉製紡錘車1
- 素環頭鉄刀1、
- 鉄鏃、
- 鉄剣14、
- 鉄刀4、
- 鉄鏃25、
- 銅鏃13、
- 刀剣類茎1
指定
- 2015年3月10日 -国の史跡 「寺戸大塚古墳」
- 2016年3月1日 - 国の史跡 「乙訓古墳群」
展示
- 向日市文化資料館
アクセス等
- 名称 :寺戸大塚古墳
- 所在地 :京都府京都市西京区大枝南福西⼆丁目
- 交 通 :
参考文献
- 京都府埋蔵文化財調査研究センター(1997)「府内遺跡紹介」『京都府埋蔵文化財情報』
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