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遠賀川系土器2026年04月27日 20:53

遠賀川系土器(おんががわけいどき)は弥生時代前期に出現する土器群であり、水田稲作の開始と密接に関係する考古学的指標である。九州北部を中心に成立し、その後、西日本各地へと分布を広げた。

概要

本土器群は、1931年(昭和6年)に福岡県遠賀川下流域の立屋敷遺跡(水巻町)において、名和洋一郎によって川底から発見されたことにより注目された。この発見は、弥生時代初頭の文化様相を具体的に示す重要な契機となった。

遠賀川系土器は、弥生時代前期の土器型式である板付式土器を基盤として成立したとされる。器種には壺・甕・鉢・高坏などがあり、縄文時代の深鉢主体の土器構成とは大きく異なり、機能分化が進んでいる点に特徴がある。とくに貯蔵・調理・供献といった用途の分化は、定住的農耕社会の成立を反映するものと理解される。

形態的特徴としては、口縁部の発達や胴部の張り出しが顕著であり、甕では口縁部に刻み目を施し、その下に横線文を巡らせる例が多い。壺ではヘラや貝殻を用いた施文がみられる。文様は羽状文・鋸歯文・弧線文などが知られるが、縄文土器と比較すると全体として装飾性は抑制され、簡潔な意匠が主流となる。

このような特徴は、朝鮮半島系土器文化の影響を受けつつ成立した可能性が指摘されており、木製農具、石包丁、太形蛤刃石斧、柱状片刃石斧などとともに、水田稲作技術の受容と連動して展開したと考えられる。

当初の分布は当初九州北部に限られるが、弥生時代前期の進行とともに瀬戸内海沿岸を中心に東方へ拡大し、近畿・東海を経て最終的には東北地方南部にまで及ぶ。この広がりは、初期水田稲作の伝播過程を示す有力な考古学的証拠とされる。

以上のように、遠賀川系土器は単なる土器型式ではなく、弥生時代初頭における農耕社会の成立とその拡散を読み解く上で重要な文化要素となる。

出土例

  • 遠賀川式土器 白石遺跡、愛知県豊橋市、弥生時代前期
  • 遠賀川式土器 月縄手遺跡、愛知県名古屋市西区比良、弥生時代

参考文献

  1. 藤尾慎一郎(2003)「近畿における遠賀川系甕の成立過程」国立歴史民俗博物館研究報告 108,pp.45-66
  2. 「遠賀川系土器の黒色物質の脂質分析と塗布方法の考察」
  3. 岡安雅彦・宮田佳樹(2021)「遠賀川系土器の黒色物質の脂質分析と塗布方法の考察」研究紀要 22,pp.17-28
  4. 永井宏幸(2016)「尾張平野における縄文文化より弥生文化への移行過程」愛知県埋蔵文化財センター研究紀要 第17号,pp.31-38

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