打下古墳 ― 2026年05月06日 00:15
打下古墳(うちおろしこふん)は、滋賀県高島市に所在する古墳時代の古墳である。 2001年(平成13年)11月7日、滋賀県高島市勝野の日吉神社裏山において、上水道配水施設の新築工事中に箱式石棺内から人骨が発見され、これを契機として緊急の埋蔵文化財発掘調査が実施された。調査の結果、本遺構が古墳であることが確認された。
概要
明神崎の北麓の日吉神社背後の山腹に築造された古墳である。墳丘は工事による削平のため現状では不明であるが、内部主体として箱式石棺1基が確認されている。 石室はなく箱型石棺が直接埋葬されるタイプであり、丹後地方に多く見受けられる埋葬法である。 石棺は内法長約205cm、最大幅約42cm、深さ約30cmを測る。石材には板石が用いられており、側壁は東側2枚、西側3枚、小口部は両端に各1枚を配して構築されている。蓋石は下段4枚・上段3枚の計7枚で構成され、各石材の隙間には防水のため良質の粘土が充填されている。石棺内部の底面には砂が敷かれ、棺内および蓋石内面には赤色顔料が塗布されていたことが確認されている。
副葬品としては、棺内東側に鉄剣(全長約80cm)、西側に鉄刀(全長約60cm)が納められたほか、鹿角製の装身具が出土した。また、棺外の西側蓋石下からは鉄鏃群が検出されている。
人骨は頭蓋骨の一部を中心に比較的良好な保存状態で出土した。調査後、配水施設の設置位置は変更され、古墳は保存措置が講じられている。
2004年(平成16年)2月26日には、出土した頭蓋骨をもとに、京都大学の片山一道の指導のもと復顔(顔貌復元)が行われた。その結果、被葬者は面長で目が大きく、上顎がやや前方に突出し、鼻幅が広く顔の彫りが比較的浅い特徴を有する男性像として復元された。年齢は25歳から50歳程度、身長は約155cmと推定されている。
以上の出土遺物や埋葬施設の内容から、内下古墳は地域の有力者層の墓と考えられ、琵琶湖西岸地域における古墳時代の社会構造を考える上で重要な遺跡である。
遺構
- 箱形石棺
遺物
- 鉄剣
- 鉄刀
- 鹿角製の装身具
指定
展示
アクセス等
- 名称 :打下古墳
- 所在地 :滋賀県高島市勝野地先
- 交 通 :湖西線 近江高島駅から徒歩14分(南東に1km)
参考文献
- 白井忠夫(2002)「打下古墳-古墳時代中期一」『滋賀文化財だより』No281
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