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飛田給古墳群2026年08月27日 00:10

飛田給古墳群(とびたぎゅうふんぐん)は東京都調布市に所在する多摩川左岸の武蔵野台地南縁に形成された府中崖線周辺の段丘面に位置する古墳時代後期を中心に築造された古墳群である。

概要

調査・記録の時期や古墳の認定方法によって数え方に差があり、十数基から20基程度の古墳や地下式壙などが確認・推定されている。宅地化や道路整備によりその多くが消滅した。 飛田給古墳群は、飛田給地区の府中崖線周辺に分布する古墳群の総称である。調査・記録の経緯から、飛田給1号墳から5号墳のほか、桜塚古墳群として番号付けされた古墳が知られている。桜塚古墳群の一部には飛田給古墳群としての番号も対応しており、桜塚1号墳は飛田給6号墳、桜塚10号墳は飛田給12号墳にあたる。 飛田給1号から5号墳や桜塚古墳群などのうち、現在墳丘や基底部を確認できるのは「桜塚1号墳」と「桜塚10号墳(飛田給12号墳)」の2基だけである。多摩川左岸の段丘上にあり、河原石積みの横穴式石室などが発掘調査で確認されている。周辺には下石原古墳群や白糸台古墳群(府中市)がある。

調査

飛田給1号墳

1981年(昭和56年)に行われた調布市遺跡調査会による調査において周溝の約3分の1が検出され、未調査部分を含めて復元すると、北西部に陸橋部を持つ推定外径約21mの円墳である。

飛田給2号墳

1981年(昭和56年)に行われた調布市遺跡調査会による調査において周溝の一部が検出されており、その後の1995年(平成7年)の調査により未調査部分の周溝が検出され、直径18mの円墳とされた。

飛田給3号墳

周辺を通る古道「品川道」(府中から調布、狛江方面へ抜ける歴史的な古道で別名「いかだ道」「品川街道」ともいう)の敷地や近隣の建物の建設時に消滅した。1981年(昭和56年)に行われた調布市遺跡調査会による調査において周溝が検出され、北西部に周溝の一部が途切れた陸橋部が存在する外径19mの円墳であることが確認されている。

飛田給4号墳

1981年(昭和56年)に行われた調布市遺跡調査会による調査において周溝の一部が検出されている。土師器の壺形土器や高杯、用途不明の青銅製品は墳丘の主体部である河原石積横穴式石室の内部から出土した。共同住宅などの建設工事に伴う発掘調査で確認されたものであり、跡地は建物の敷地内となっており、地上にその原形や遺構は現在は確認できない。

飛田給5号墳

東京都調布市飛田給二丁目にあったが、現在は消滅して跡形もない古墳である。周溝の存在が確認されているが、墳丘規模や埋葬施設の詳細は明らかでない。

桜塚1号墳

桜塚1号墳は径13m、高2mである。墳丘上には祠(お堂)が祀られているものの、周辺は住宅地に囲まれている。飛田給古墳群で墳丘が現存する数少ない古墳の一つである。 所在地は東京都調布市飛田給2丁目8-11。京王線飛田給駅から南西に400m。(飛田給6号墳)。多摩地区所在古墳確認調査団(1995)によると「円墳。裾が大きく削平されている。墳丘に祠が祀られている。東西13m、南北12m。高さ2m。」と書かれる。

桜塚2号墳

飛田給古墳群を構成する消滅した円墳である。発掘調査により、直径約6メートル、高さ約1.5メートルの円墳と確認されている。河原石を積んだ横穴式石室が確認されている。

桜塚3号墳

飛田給古墳群(桜塚古墳群)を構成する墳丘径約24m、周溝を含む外径約30mの円墳である。刀子、金環、銀環、棗玉、ガラス小玉などの副葬品と人骨が出土した。

桜塚4号墳

東京都調布市飛田給2丁目にかつて存在した飛田給古墳群を構成する古墳である。1996年(平成8年)の共同住宅(社宅)建設に伴う発掘調査で河原石積横穴式石室などが検出されたが、現在は共同住宅などの建設により地表上の痕跡を失っている。

桜塚5号墳

桜塚5号墳は、東京都調布市飛田給2丁目にあった、現在は宅地化により消滅している飛田給古墳群(桜塚古墳群)の1つである。過去の調査で横穴式石室などが確認されている。桜塚古墳群の周辺には飛田給遺跡が所在し、縄文時代から古墳時代にかけての土器などが出土している。

その他の桜塚古墳

桜塚6号墳から9号墳についても古墳の存在が記録されているが、宅地化などによって消滅し、詳細が明らかでないものも多い。河原石積みの横穴式石室と推定されており、鉄鏃6点が出土した。

桜塚10号墳

1995年(平成7年)に行われた共同住宅建設のための調査により確認されている。かろうじて墳丘が残る貴重な2基のうちの1基である。7世紀中頃の円墳で、調査により河原石積みの横穴式石室基底部などが確認調査当時に残されていた。古墳墳丘の残存部分とされる高まりから、埋葬施設である河原石積横穴式石室が検出されており、石室から金環、玉類、鉄鏃等が出土した。

遺構

  • 古墳
  • 横穴式石室

遺物

  • 金環、
  • 玉類、
  • 鉄鏃

指定

築造年代

  • 7世紀頃(古墳時代後期)

展示

アクセス

  • 名称:飛田給古墳
  • 所在地:東京都調布市飛田給2丁目 付近
  • 交 通: 京王線「飛田給」駅下車 300m。

参考文献

  1. 多摩地区所在古墳確認調査団(1995)『多摩地区所在古墳 確認調査報告書』
  2. 調布市教育委員会・調布市遺跡調査会(1983)『調布市飛田給遺跡』
  3. 調布市史編集委員会(1990)『調布市史 上』(1990)

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