上野毛稲荷塚古墳 ― 2026年09月02日 00:05
上野毛稲荷塚古墳(かみのげいなりづかこふん)は東京都世田谷区上野毛に所在する古墳時代中期初頭の前方後円墳である。
概要
国分寺崖線上の高台、上野毛から尾山台にかけて広がる野毛古墳群のなかの1基である。 4世紀末頃に造られたと考えられている。野毛古墳群では最初に出現した古墳と推定されている。 前方部は削平されている一方、後円部は比較的良好に残存している。全長約33メートル、後円部の高さは3メートルと推定されている。西岡秀雄による荏原台古墳群の分布調査では「西岡5号墳」の名称とされていた(西岡秀雄(1936))。 1995年(平成7年)と2009年(平成21年)の2回の発掘調査によって、周溝や粘土槨による埋葬施設と割竹形木棺が確認され、鉄刀や管玉などが出土している(世田谷区教育委員会(2009))。1995年(平成7年)に上野毛稲荷塚古墳と名称が変更された。
1997年(平成9年)9月10日に世田谷区指定史跡に指定された。現在は上野毛2丁目緑地内に保存されているが、古墳への立ち入りはできず、緑地の外から見学することになる。墳丘上にあったとされる「稲荷祠」は墳丘の裾付近に移されている。 古墳の土地は、吉良家家臣の末裔とされる世襲名主の家などから世田谷区へ寄付され、現在は区有地として保存されている。 これらの副葬品などから、野毛古墳群で最初に出現した古墳と考えられており、多摩川流域における古墳群の形成過程を知る上でも重要な古墳とされる。
主体部
遺物
- 鉄刀
- 管玉
築造時期
- 4世紀末頃
指定
アクセス等
- 名称:上野毛稲荷塚古墳
- 所在地:東京都世田谷区上野毛2丁目12番
- 交通:大井町線上野毛駅下車 徒歩5分
参考文献
- 西岡秀雄(1936)「荏原台地に於ける先史及び原始時代の遺跡遺物」『考古学雑誌 第26巻 第5号』,pp.301-325
- 世田谷区教育委員会(2009)『2008年度 世田谷区埋蔵文化財調査年報』世田谷区教育委員会
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