牛川人骨 ― 2024年12月29日 00:26
牛川人骨(うしかわじんこつ)は1957年5月に愛知県豊橋市牛川町の牛川洞穴遺跡で発見された、国内最古の化石人骨と推定された骨である。その後、クマの骨と特定された。
概要
牛川人骨とされる化石骨2点は、東京大学総合研究博物館に収蔵されており、実物から型取りした複製品を豊川市美術博物館が所蔵する。
国内最古の化石人骨の指摘
東京大学教授の鈴木尚と高井冬二が、第1人骨は左上腕骨の破片で身長134.8センチメートルと現代人より背の低い大人の女性、第2人骨は左大腿骨の破片で身長は149.2センチメートルと背の低い大人の男性の骨と提唱した(鈴木尚(1982))。年代は更新世後期(約10万年前)として当時としては国内最古の化石人骨とされていた。1958年12月24日の朝日新聞で報道された。経緯は牛川町の石灰岩採石場で爆破作業をしたところ、赤土の中からニホンムカシジカ・タヌキ・ハタネズミなどの獣骨と一緒に人骨のようなモノが発見された。この時の従業員の一人、田中伝はこの骨を牛川小学校教頭の石川一美氏に届けた。骨を受け取った石川は、当時、渥美半島の伊川津遺跡で発掘調査をしていた東京大学の鈴木尚教授に鑑定を依頼した。一年半にわたる綿密な研究の結果、衝撃的な発表に踏み切った。二年後の昭和34年2月、同じ場所で、紅村弘が成人男性の大腿骨の破片を採集し、牛川第二人骨と名づけた。
ヒグマの骨の見解
1990年代以後、ヒトの化石骨ではない可能性が指摘されていた。2022年(令和4年)9月16~19日に行われた第76回日本人類学会大会・第38回日本霊長類学会大会連合大会において、東京大学特別教授の諏訪元氏らから「牛川人骨」はヒグマの骨であるとする見解が出された。「牛川人」化石と一部の比較標本についてCT撮影し,断面画像と3次元モデルを用いた比較所見の結果である。南西諸島出土の化石以外では、日本の旧石器時代に帰属するとされる人類の化石は、現時点では静岡県の根堅洞窟で発見された浜北人骨のみとなった。
牛川原人の碑
出土地附近は史跡公園「牛川原人史跡公園」として整備されており、公園内に「牛川原人の碑」がある。
アクセス等
- 所在地 愛知県豊橋市牛川町乗小路32-513
- 交通 豊橋鉄道市内線 赤岩口行き終点下車徒歩20分
参考文献
- 諏訪元、佐宗亜衣子、佐々木智彦、中村凱、 遠藤秀紀、松浦秀治(2024)「「牛川人骨」の部位・動物種別の特定と学史略考」Anthropological Science ,早期公開
- 鈴木尚(1982)「Pleistocene man in Japan.」人類學雜誌,90 巻,Supplement 号
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