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宝塔山古墳2025年01月01日 10:45

宝塔山古墳(ほうとうやまこふん)は群馬県前橋市にある7 世紀中葉の方墳である。 日本百名墳に選出されている。

概要

榛名山から東南方向に伸びる丘陵裾野の末端、東南方向に傾斜する台地上に位置する総社古墳群の一つである。全国で最も新しい古墳と言われている。墳丘は1辺の長さ54m、高さ11mの三段築成で、斜面には葺石が葺かれていたと考えられている。7世紀中葉に築造された終末期古墳である。畿内の有力者層の古墳に用いる技術が使われていることから大和政権との関係がうかがえる。宝塔山古墳は周濠を含めると一辺は102mに及ぶ。

調査

宝塔山古墳の埋葬施設は南西方向に開口し、複室構造である。。石室の全長は12.04mである。他の古墳と比較して極めて大規模な前庭が敷設されている。石天井石は落下していた。遺物は盗掘されているため残らない。1920年(大正9年)に福島武雄により、1958年(昭和31年)には群馬大学史学研究室により石室の測量調査が行われている。1979年(昭和54年)には、下水道工事に伴って本古墳南東の墳丘裾部が確認された。平成元年には墳丘及び石室の現況測量調査が行われ、墳丘長は56m以上、高さ約11mの3段築成の大型方墳であることが確認された(白石、1990)。令和4年度には、早稲田大学東アジア都城・シルクロード考古学研究所との共同調査として、本古墳石室の3次元計測調査を実施した。

石室

愛宕山古墳までの自然石を積み上げる横穴式両袖式石室の「截石切組積」手法が採用されており、その上に漆喰を厚く塗って石室全体を白く平らに仕上げている。漆喰は三重塗りで最後に布で押さえた跡が見られる。壁画が描かれた可能性もある。玄室の中央に蓋と身の二部構成である。 石室の全長は約12.5m、玄室は3m×2.8mで高さは1.8mである。玄門、前門、羨門を作る。 石棺は輝石安山岩静で蓋の長さ2.29m、幅1.31m、脚部は長さ2.10m、幅1.11m、高さは1.33mである。長辺に各2個、短辺に各1個の縄掛突起を造り出す。群馬県は木棺が多いと言われているが、舟形石棺ではなく、家形石棺は群馬県では珍しい。

格狭間

下底部に精巧な「格狭間」という台の脚のようなくりぬきがある。棺の脚部に彫り込まれた格狭間は、大阪府南河内郡太子町叡福寺古墳(現聖徳太子墓 7世紀前半から中ごろ)、 御嶺山古墳(7世紀後半)、奈良県高市郡明日香村野口王墓古墳(現天武・持統合葬陵 7世紀後半)の漆塗棺をおいた棺台に格狭間がみられるが、類例は少ない。 前面に開けられた八角系の穴の蓋石があり、当初からの造作と判断された。 「格狭間」は古墳群近くに存在する山王廃寺とのかかわりが指摘されている。

総社古墳群の意義

前橋市西部の総社町総社を中心に5世紀後半から7世紀後半にかけて6基の大型の古墳から構成される古墳群である。現在の利根川の西岸に南北約4km に分布する古墳群である。 地域の首長の墳墓が、約200年という長期間にわたって古墳をつくり続けた意義は大きいとされる(前橋市教育委員会(2023))。総社古墳群は上毛野地域の中で突出した存在となっている。それまでの前方後円墳から大型方墳に形状を変えながら造営を継続した。これは畿内と連動した変化であり、ヤマト王権とのかかわりや、政治形態の変化があったとみてよいとされる。

総社古墳群の編年

  • (5 世紀後半、480年頃)遠見山古墳 (前方後円墳)
  • →(6 世紀初頭、510年頃)王山古墳 (前方後円墳)
  • →(6 世紀後半、570年頃)総社二子山古墳 (前方後円墳)
  • →(7 世紀前半、620年頃)総社愛宕山古墳 (方墳)
  • →(7 世紀中葉、660年頃)宝塔山古墳 (方墳)
  • →(7 世紀後半、690年頃)蛇穴山古墳  (方墳)

規模

  • 形状 方墳
  • サイズ 南北54m×東西49m、高さ12m

遺構

  • 石室全長12.04m、羨道長3.56m、前室長3.9m、玄室長3.32m
  • 室・槨 両袖型横穴式石室。複室構造
  • 棺 家形石棺
  • 羨道長 3.56m、幅1.8m
  • 玄室長 3.32m、幅2.9m、高さ2m

遺物

  • 土師器
  • 須恵器、
  • 瓦、
  • 陶磁器類

築造時期

  • 7世紀中葉

被葬者

  • 牛池川・染谷川の流域一帯を支配した豪族

展示

  • 前橋市総社歴史資料館

指定

  • 1944年(昭和19年) 国指定史跡 宝塔山古墳
  • 2023年2月21日 総社古墳群(遠見山古墳・二子山古墳・愛宕山古墳・宝塔山古墳・蛇穴山古墳)

アクセス等

  • 名称:宝塔山古墳
  • 所在地:〒371-0852  群馬県前橋市総社町総社1606
  • 交通:群馬総社駅 徒歩 15分

参考文献

  1. 前橋市埋蔵文化財発掘調査団(2010) 「蛇穴山古墳・宝塔山古墳 総社町屋敷南遺跡』前橋市埋蔵文化財発掘調査団
  2. 前橋市教育委員会(1968)「宝塔山古墳石室調査概報」
  3. 前橋市教育委員会事務局文化財保護課(2022)「東国の雄総社古墳群」
  4. 前橋市教育委員会(2023)「総社古墳群総括報告書」
  5. 白石太一郎編(1990)『関東地方における終末期古墳の研究』国立歴史民俗博物館考古研究部
  6. 白石太一郎(1992)「関東の後期大型前方後円墳」『国立歴史民俗博物館研究報告』44,国立歴史民俗博物館