岸田遺跡 ― 2025年05月08日 00:22
岸田遺跡(きしだいせき)は福岡県福岡市にある弥生時代の大規模な集落遺跡・墓地遺跡である。
概要
福岡市の早良平野の最南部に位置し、標高50mの丘陵地上にある遺跡である。東入部遺跡よりさらに約1km上流となる。銅剣・銅矛などが大量に出土した。弥生時代の集落が、中期後半になると、「クニ」に移行する時期である。早良平野から東の福岡平野南部や南の佐賀平野に移動する交通の要衝にある。早良平野は中期初め(紀元前3世紀)に最大の勢力となり、北部九州における「王墓」や「国」の原型を生み出したが、その後は、特に抜きんでる勢力にはならなかった。
調査
福岡市教育委員会の区画整理事業に伴い福岡市早良区早良地内において2009年(平成21年)から2010年(平成22年)にかけて実施した岸田遺跡第1次発掘調査で出土した。弥生時代の甕棺墓78基、木棺墓、土壙墓8基を発見した。弥生時代中期初頭の甕棺墓4基、木棺墓1基から、銅剣5点、銅矛3点、青銅製把頭飾1点が副葬品として見つかった。青銅の武器は通常、1つの遺跡で1点から3点であるが、岸田遺跡では9点が見つかった。弥生時代の有力な集落であったと考えられる。銅矛には刃部に布目痕跡が付着することから布を巻いて副葬したとわかる。鉄戈のほぞ穴には紐の痕跡が確認でき、また柄の木質が一部付着することから、柄に着装した状態で甕棺内に副葬されたと判断できる。青銅製把頭飾は高さ6.2cmを測り国内最大かつ国内最古であった。 上甕の口径は72cm、器高94cm、底部径13cmであるが、器壁は1cmと非常に薄い作りである。内面外面が黒く塗られている。銅戈はあるが、鉄戈は福岡市では唯一であり、貴重である。
東アジアとのつながり
把頭飾や他の甕棺墓の銅剣は、朝鮮半島とは異なる鋳造技術や形態のものが含まれており、日本列島に青銅器が流入する早い段階から北部九州での青銅器生産が本格化したことを物語る遺跡である。朝鮮半島のほか、福岡平野や佐賀平野で作られた青銅器が多く出土する。
遺構
- 甕棺墓
- 木棺墓 土壙墓
遺物
- 青銅製把頭飾
- 青銅器武器 9点
- 銅矛 3
- 銅剣 全長31cm、根元の部分を木製の柄に差し込んで使った。
- 鉄戈 1
- 勾玉
- 管玉
- 小壺 - 埋葬儀式で使われ、甕棺と一緒に埋められた
指定
- 1953年(昭和28年)11月14日 国の史跡指定
アクセス等
- 名称:岸田遺跡
- 所在地:福岡県福岡市早良区早良4丁目地内
- 交通:
参考文献
- 文化庁(2017)『発掘された日本列島 2017』共同通信社
- 福岡市教育委員会(2015)『岸田遺跡1』
大寺山洞窟遺跡 ― 2025年05月08日 00:24
大寺山洞窟遺跡(おおでらやまどうくついせき)は千葉県館山市にある古墳時代の遺跡である。「大寺山洞穴遺跡」ともいう。
概要
館山湾を一望できる丘陵先端部にあり、地元で「沼の大寺」と通称される総持院境内の裏山にある。3つの洞窟があり、西向きで垂直に切り立つ山裾に開口する。洞窟が使用された縄文時代後期から古墳時代の海岸線は、大寺山洞窟遺跡がある海食崖の近くであったと考えられている。第1洞は、標高約30mの高い位置にあり3つの中では最も高い。開口部の幅5.5m・高さ4m、中央部で幅6m・高さ2.7m、奥行きが29mと大規模な洞窟である。 甲冑や須恵器などの遺物から、大寺山洞窟遺跡が墓として使用された時期は5世紀前半から7世紀後半と見られる。渡来系要素も岩陰墓・洞穴墓に見られ、大寺山洞穴では銅鈴と切子玉が出土し,舶載品の可能性が指摘されている(岡本(2020))。 縄文後期の地層から2体の人骨、縄文土器等が見つかった。館山市・安房神社に大巌院裏洞窟遺跡出土と伝えられる縄文土器がある。
調査
洞窟の入口からみて右半分が発掘され、千葉大学考古学研究室が1992年(平成4年)に発掘し、船を利用した古墳時代の墓(舟葬遺構)がみつかった。12基以上の舟棺は、丸木舟を棺に用いた「舟葬」という葬送儀礼を確認できた最初の例である。いずれの舟棺も、舳先を洞窟の入口(西側)に向けている。千葉県鉈切洞穴では洞穴にある神社に社宝として伝えられる丸木船があり,時期は不明であるが舟棺ではないかと見られている。
曝葬
なお舟・舟形棺を用いた埋葬としては弥生時代中期の猪目洞窟遺跡、古墳時代中期の雨崎洞穴が挙げられている。陰墓・洞穴墓には曝葬が多く認められ、大寺山洞窟遺跡もそのひとつに挙げられる(山田俊輔(2018))。
遺構
- 舟棺葬
遺物
古墳時代
- 土師器
- 鉄製品 甲冑、太刀
- 三角板革綴短甲
- 三角板革綴衝角付冑
- 鉄鏃
- 耳環
- 獣骨
- 勾玉、
- 管玉、
- 銅製鈴
縄文時代
- 縄文土器
- 骨角器
- 動物遺存体
- 人骨
- 装身具
考察
展示
- 星直忠博士文化財資料館
指定
- 1972年(昭和47年)1月21日 館山市指定史跡 大寺山巌窟墓及び出土品等」
所在地等
- 名称: 大寺山洞窟遺跡
- 所在地:千葉県館山市沼字大和田東
- 交通:
参考文献
- 大寺山洞穴遺跡調査会(1998)『館山市大寺山洞穴遺跡発掘調査報告書』館山市教育委員会
- 清家章・濵田竜彦(2023)「海辺の埋葬遺跡における特異な埋葬属性と交流」国立歴史民俗博物館研究報告第242 集
- 山田俊輔(2018)「古墳時代洞穴墓葬の類型」『考古学研究』64 巻4 号 考古学研究会,岡山:pp.82-101
- 岡本東三(2020)『海上他界のコスモロジー 大寺山洞穴の舟葬墓』シリーズ「遺跡を学ぶ」14、新泉社
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