陶邑遺跡群 ― 2026年08月07日 00:05
陶邑遺跡群(すえむらいせきぐん)は大阪府堺市・和泉市・大阪狭山市にまたがる日本で最大規模の須恵器生産遺跡である。
概要
古墳時代から平安時代までの約500年間に渡り須恵器を生産した1000基以上の窯跡が分布すると推定される。東西15キロメートル、南北9キロメートルに渡り、泉北丘陵で大規模に生産された。朝鮮半島から伝えられた陶質土器の製作・窯焼成技術を基盤として生産が始まったと考えられている。全体の詳細な分布調査はされれていない。富田林市役所(1985)によれば、全体の分布密度や500年という長期の存続期間を考慮し、「およそ3000基あるいはそれ以上」の窯が存在したと推定されている。現在までに発掘・分布調査等で具体的に確認・把握されている数はおよそ1000基程度であるが、大部分は破壊・埋没しているため、未発見のものを含めると推計値のような規模になるとみられている。広大な分布面積と稼働期間(約500年間)における窯のライフサイクルから推計された予測値が3000基となる。
陶邑編年
陶邑遺跡では長期間にわたり須恵器を生産したので、須恵器の形や機能、文様などの形式変化により、出土資料の年代を測る指標となる。陶邑編年と呼ばれ、森浩一、田辺昭三、中村浩らにより編年が示されている。須恵器は古墳や集落、官衙など様々な遺跡で広く出土するため、その年代決定に役立つ。編年に使われる理由は以下の通りである。
約500年間の連続した生産と発達
古墳時代から平安時代にかけて長期間(5世紀から9世紀)に渡り、1000基以上の窯が連続して操業していたわけではなく、長期間にわたって生産が継続したため、須恵器の型式変化(土器の形の変化)を追跡できる。
層位学的研究が可能
陶邑編年の成立は「不良品の層(物原)の上下関係」だけではなく、窯跡の層位、共伴関係、型式組列、古墳などの年代が分かる遺跡との比較など、複数の資料を組み合わせ、窯跡やその周辺の物原などからまとまって出土する須恵器を比較している。すなわち層位関係や型式の変化を総合的に検討し、陶邑編年を構築した。
全国への流通と基準化
陶邑産の須恵器は広い地域に流通し、各地の古墳・集落などから出土するため、地域遺跡の年代を検討する際の基準として利用される。他の地域の遺跡(古墳や集落)で陶邑の須恵器が出土した際には、年代を測る「物差し(全国的な基準)」として機能した。
圧倒的な出土量
泉北ニュータウンなどの開発に伴う大規模な発掘調査により、型式の変遷を裏付ける大量の須恵器や窯道具が体系的に収集され、型式の変遷を検討することが可能となり、精緻な編年が可能となった。
須恵器の型式変化
代表的な型式変化は「TK73 → TK216 → TK208 → TK23 → TK47 → MT15 → TK10 → TK43 → TK209」となる。
4世紀末~5世紀初頭:導入・成立期
導入期であり朝鮮半島(特に加耶や百済)の「陶質土器」の形を色濃く残している。器壁が非常に薄く、精巧である。主な型式はTG232号窯・TK73号窯などに代表される初期の須恵器である。「高杯」、儀礼用の「器台」、丸底の「壺」などが作られた。陶邑の最古段階としてTG232・TG231が設定されており、陶邑での須恵器生産開始は4世紀末~5世紀初頭まで遡ると考えられている。
5世紀:生産の拡大と器種の変化
ヤマト王権や各地域の豪族の好みに合わせ、日本列島での使用実態に応じて器種や器形が変化し、坏・蓋などの食器類が増加する。器の壁はやや厚くなり、実用的な器種となる。「蓋」や「坏」などが作られた。
6世紀:型式の細かな変化と生産の展開
古墳の副葬品や祭祀に用いられる器種が発達するとともに、食器・貯蔵器などの器種も多様化する。主な型式はTK10型式、MT85型式、TK43型式 などである。
7~8世紀:古代国家形成期の窯業
飛鳥・奈良時代になると、須恵器の器種構成や形態が大きく変化し、坏・蓋などの食器類が増加する。器種や器形、口縁部、蓋などの細かな形態にも時期的な変化がみられる。
9世紀:生産規模の縮小期
平安時代には陶邑の生産規模は縮小し、須恵器の器種構成も変化する。大型の甕や鉢などの生産がみられる一方、食器類では他地域の窯業製品や木器などとの用途分担が進んだ。
調査
遺構
- 高蔵寺第85(TK85)号窯
- 高蔵寺第87(TK87)号窯
- 高蔵寺第305-Ⅰ(TK305-Ⅰ)号窯
- 高蔵寺第94(TK94)号窯
- 高蔵寺第303(TK303)号窯
- 高蔵寺第306(TK306)号窯
- 高蔵寺第301-Ⅰ(TK301-Ⅰ)号窯
- 高蔵寺第301-Ⅱ(TK302-Ⅱ)号窯
- 高蔵寺第103(TK103)号窯
- 高蔵寺第67-Ⅰ(TK67-Ⅰ)号窯
- 高蔵寺第67-Ⅱ(TK67-Ⅱ)号窯
- 高蔵寺第52(TK52)号窯
- 高蔵寺第109-Ⅲ(TK109-Ⅲ)号窯
- 高蔵寺第37(TK37)号窯
- 高蔵寺第236(TK236)号窯
- 高蔵寺第4(TK4)号窯
- 高蔵寺第4(TK4)号窯
- 高蔵寺第309(TK309)号窯
- 高蔵寺第307(TK307)号窯
- 高蔵寺第235-Ⅰ(TK235-Ⅰ)号窯
- 高蔵寺第235-Ⅱ(TK235-Ⅱ)号窯
- 高蔵寺第115(TK115)号窯
- 高蔵寺第42(TK42)号窯
- 高蔵寺第66(TK66)号窯
- 高蔵寺第218(TK218)号窯
- 高蔵寺第2(TK2)号窯
- 高蔵寺第43-Ⅲ(TK43-Ⅲ)号窯
- 高蔵寺第15-Ⅱ(TK15-Ⅱ)号窯
遺物
- 須恵器(蓋杯・高杯・把手付コップ・鉢・はそう・装飾付器台・甕・壷)
- 土師器(甕・鍋)
- 杯蓋(TK73号窯)
- 四把手付長胴壺(KM226号窯)
指定
築造年代
展示
- 堺市文化財課分室(堺市文化財調査事務所) 展示室
アクセス
- 名称:陶邑遺跡群
- 所在地:大阪府堺市南区
- 交 通:
参考文献
- 大阪府立近つ飛鳥博物館(2006)『年代のものさし-陶邑の須恵器-』
- 富田林市役所(1985)『富田林市史 第一巻』考古編・古代編
- 田辺昭三(1981)『須恵器大成』KADOKAWA
- 田辺昭三(1967)「陶邑古窯址群(1)」考古学研究14 (1),pp.53-56
- 中村浩(2001)『和泉陶邑窯 出土須恵器の型式編年』芙蓉書房出版
- 中村浩(2023)『改訂版 泉北丘陵に広がる須恵器窯 陶邑遺跡群』新泉社
- 公益社団法人日本陶磁協会(2021)『陶説』No.812 陶邑窯
- 樋口吉文(1993)『生産地の様相と編年 陶邑』『季刊考古学42』雄山閣
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