茄子作遺跡 ― 2026年02月22日 00:26
茄子作遺跡(なすづくりいせき)は枚方市(大阪府北東部・北河内地域)に所在する弥生時代後期から古墳時代中期にかけての複合遺跡である。遺跡は枚方丘陵および交野台地(交野ヶ原)の中位段丘面に立地し、周辺には小規模谷地形が発達する
1. 立地と周辺環境
遺跡の東方に位置する神宮寺遺跡では縄文時代早期の押型文土器を伴う石組遺構・炉跡が確認されており、本地域が長期にわたり断続的に利用されてきたことがうかがえる。茄子作遺跡は丘陵斜面と谷地形を利用した立地であり、後述する須恵器窯の設置条件とも整合的である。
2. 弥生時代後期~古墳時代初頭の集落
昭和49年(1974年)の調査では、以下の遺構が検出された。
- 竪穴住居跡 4棟
- 方形周溝墓 1基
- 土坑群
- 大溝
- 井戸状遺構
これらは弥生時代後期から古墳時代初頭に比定され、居住域と墓域が近接して展開する小規模集落の存在を示す。とくに方形周溝墓の検出は、首長層の成立や地域的階層化の進展を考える上で重要である。
3. 初期須恵器の出土と生産遺跡の可能性
2004~2006年度調査では、谷の旧流路から初期須恵器が出土した。これらには以下の特徴が認められる。
- 器体の溶着
- 焼成時の歪み
- 焼台の伴出
これらは製品ではなく焼成過程に関連する資料である可能性が高く、当該地域一帯に須恵器生産集団が存在したことを示唆していた。
4. 2025年度調査:初期須恵器窯跡群の確認
2025年度の調査では、丘陵斜面において3基の地下式窯からなる「初期須恵器窯跡群」が確認された。
とくに西側の3号窯は、
- 両側に排水・補助機能をもつ溝を備える地下式構造
- 5世紀前半に比定
とされる。
斜面を利用した地下式窯の構造は、朝鮮半島系技術を背景とする初期須恵器生産技術の展開を具体的に示すものであり、本遺跡は北河内地域における須恵器生産の実態を示す重要事例となった。
5. 陶邑窯跡群との関係と意義
従来、5世紀以降の須恵器生産は大阪府南部の陶邑窯跡群が中核的役割を担ったと理解されてきた。しかし、茄子作遺跡の窯跡群は、
- 北河内地域における早期生産拠点の存在
- 生産の地域的分散可能性
- 陶邑成立以前または同時並行的な技術展開
を示唆するものであり、須恵器生産体制の成立過程を再検討する契機となる。
遺構
- 竪穴住居
- 溝
- 流路
- 土坑
- ピット
- 落込み
遺物
縄文時代
- 縄文土器
- 弥生土器
- 石製品
- サヌカイト剥片
古墳時代
- 土師器
- 須恵器(初期須恵器含む)
- 木製品
- ミニチュア土製品
- 焼台
- 鉄製品
指定
考察
アクセス
- 名称:茄子作遺跡
- 所在地:大阪府枚方市茄子作南町地先
- 交通:
参考文献
- 大阪府文化財センター(2008)「茄子作遺跡」
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