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漆山古墳2026年02月28日 00:29

漆山古墳(うるしやまこふん)は、群馬県高崎市下佐野町に所在する古墳時代の前方後円墳である。

1.概要

榛名山南東麓の扇状地から緩やかな裾野が広がる高崎市南東部に位置し、利根川水系に近接する交通・生産の要衝に立地する。

本古墳は前方後円墳であるが、前方部は後世の開発等により削平され、現在は主として後円部のみが良好に残存している。後円部墳丘の現存規模は東西約37m、南北約31mである。

2.墳丘構造と埋葬施設

埋葬施設は後円部南側に開口する両袖式横穴式石室で、凝灰石の巨石を用いて構築されている。石室の全長は約8mを測り、玄室・羨道ともに比較的大型である点が特徴である。2017~2019年に実施された発掘調査により、後円部中段に葺石が施されていたことが確認され、墳丘が段築構造を備えていた可能性が高いことが明らかとなった。

3.出土遺物

石室内からは鉄刀、鉄鏃、刀子などの武器類・工具類に加え、馬具類が出土している。これらの副葬品の組成は、被葬者が軍事的性格を備えた首長層であったことを示唆する。また、周堀からは円筒埴輪および形象埴輪が出土しており、形象埴輪には家形埴輪と考えられる破片が含まれる。

4.墳丘規模の復元

1938年(昭和13年)刊行の『上毛古墳総覧』には、漆山古墳の墳丘長を61.2mと記載している。ただし、この数値は当時確認可能であった範囲に基づく測定値と考えられる。近年の調査では、周囲に巡る周堀および区画溝の検出成果を踏まえ、本来の後円部直径は約54m、墳丘全長は約90m、さらに周堀・区画溝を含めた全体規模は約115mに及ぶと復元的に推定されている。

5.研究史の整理

漆山古墳は、近代以降早い段階からその存在が知られていた古墳である。1930年代にはすでに調査・踏査が行われ、その成果は『上毛古墳総覧』にまとめられた。同書では墳形や石室の存在が記録されているものの、前方部の削平が進行していたため、規模や構造の全体像については限定的な理解にとどまっていた。

その後、長らく本格的な発掘調査は行われず、漆山古墳は「規模不明瞭な前方後円墳」として位置づけられてきた。しかし、2016年に古墳および管理用地約1,500㎡が所有者から高崎市へ寄贈されたことを契機として、保存整備と学術的再検討が進められることとなった。

2017年~2019年にかけて実施された発掘調査では、後円部上部で盗掘坑が確認されたほか、墳丘中段における葺石の存在、周堀・区画溝の詳細な構造が明らかとなった。これにより、従来想定されていた規模を大きく上回る大型前方後円墳である可能性が示され、地域首長墓としての位置づけが再評価されている。

6.築造時期と被葬者像

両袖式横穴式石室の採用、馬具を含む副葬品構成、円筒埴輪および形象埴輪の存在などから、漆山古墳の築造時期は古墳時代後期、6世紀後半頃と推定される。

古墳の所在する下佐野町一帯は、ヤマト王権の直轄地とされる「佐野屯倉」の推定地に含まれる地域である。また、近隣には7世紀後半に建立された上野三碑(山上碑・金井沢碑)が所在する。これらの歴史的背景を踏まえると、漆山古墳の被葬者は、後に碑文を残す一族へと連なる、屯倉経営に関与した有力豪族の祖先である可能性が指摘されている。ただし、文献史料との直接的対応関係については、今後も慎重な検討が必要である。

7.保存と評価

漆山古墳は、近年の調査成果により、その規模・構造・歴史的意義が大きく見直された古墳である。市への寄贈を経て、学術調査と保存活用が本格化した点は、地域史研究においても重要な意義を有する。今後は周辺古墳との比較研究や、佐野屯倉推定地との関係を含めた広域的視点からの検討が期待される。

考察

佐野屯倉は、『日本書紀』『続日本紀』などの中央史料にはみえず、在地史料にのみ現れる屯倉と位置づけられている(若狭徹(2018))。その設置年代は6世紀後半、概ね580年頃と推定されている。 若狭徹(2018)は、6世紀前半に発生した自然災害、すなわち西暦500年頃の榛名山噴火およびそれに伴う大規模な泥流災害によって地域社会が一時的に衰微した後、6世紀後半に再構築が進められたと指摘している。

その復興過程について若狭徹(2018)は、ヤマト政権が倭王権中枢域から、渡来人を含む技術者集団を当地へ移入し、あわせて部民制を設定したことが復興の契機となったと論じている。これは、ヤマト政権による地方支配の再編および地域振興策の一環であったと考えられる。

このような歴史的背景を踏まえると、漆山古墳の築造主体についても、在地豪族のみならず、中央の制度や墳墓様式を熟知した人々、すなわちヤマト政権と直接的な関係を有する移住系集団が関与した可能性を想定することができる。

規模(現状)

  • 形状 前方後円墳
  • 墳長 61.8m
  • 後円部 高7.5m
  • 前方部 高6m

遺構

  • 前方後円墳
  • 横穴式石室
  • 墳丘、

遺物

  • 鉄刀
  • 鉄鏃
  • 刀子などの武器類
  • 工具類
  • 馬具類

指定

  • 平成29年2月20日 高崎市指定史跡

被葬者

  • 屯倉経営に関与した有力豪族の祖先の可能性

築造時期

  • 6世紀後半

展示

アクセス等

  • 名称:漆山古墳
  • 所在地:高崎市下佐野町字蔵王塚863番地1
  • 交通:上信電鉄上信線 佐野のわたし駅 徒歩7分

参考文献

  1. 若狭徹(2018)「東国における古墳時代地域経営の諸段階」国立歴史民俗博物館研究報告 第2 11 集
  2. 高崎市文化財情報(2013)「漆山古墳」
  3. 専修大学文学部考古学研究室(2024)「高崎市 漆山古墳発掘調査現地説明会資料」