河原口坊中遺跡 ― 2026年03月07日 00:33
河原口坊中遺跡(かわらぐちぼうじゅういせき)は神奈川県海老名市河原口に所在する、弥生時代から近世におよぶ大規模な複合遺跡である。相模平野を南流する相模川左岸の自然堤防上に立地し、微高地という地形条件を活かして長期にわたり集落が営まれた。
1.立地と調査の経緯
遺跡はJR相模線・小田急小田原線厚木駅の北西約1kmに位置する。 2006年(平成18年)6月に発掘調査が開始され、2014年(平成26年)1月に第6次調査が終了した。
自然堤防上という洪水の影響を受けにくい立地条件は、弥生時代以降の継続的な居住を可能にした重要な要因である。
2.弥生時代の大規模集落
弥生時代中期後半から後期にかけて、本遺跡は相模川流域屈指の大規模集落として発展した。
- 集落規模:南北約410m、東西約100m以上
- 竪穴住居跡:第1・2・4次調査で計533軒確認
集落内部には小河川が蛇行して流れ、弥生中期から古墳時代前期にかけて徐々に埋没した。この水域環境が、有機質遺物の良好な保存をもたらした点が本遺跡の最大の特色である。
3.水辺環境と木製品の保存
水分を多く含む泥土層が酸素を遮断し、いわば「真空パック」のような状態を生み出した結果、木製品が原形をとどめたまま多数出土した。
主な出土遺物:
- 臼・杵
- 小型籠(精巧な編組技術を示す)
- 鋤
- 機織りの緯打具
- 腰掛け脚部
弥生時代の生活技術・農耕・織布・木工技術を具体的に復元できる点で、学術的価値が高い。
4.竹状しがらみ状遺構(漁労施設)
弥生時代後期の河道跡から、竹状素材を用いたしがらみ状遺構が2か所・計14例確認された。
- 素材:竹状材2~3本を1単位
- 構造:縦材・横材を組み合わせる
- 用途:魚を追い込み捕獲する漁労施設と推定
関東地方における弥生期漁撈技術を具体的に示す希少な事例である。
5.板状鉄斧と対外交流
板状鉄斧(長さ28.5cm、幅3.4cm、厚さ1.3cm、重さ604.6g)が出土した。 東日本では初の出土例として注目された。
弥生時代の日本列島では鉄原料からの製鉄技術は未成立であり、鉄器は朝鮮半島からの搬入品と考えられる。本資料は、相模川流域が弥生後期に広域交流圏に組み込まれていたことを示す重要証拠である。
6.小銅鐸の発見
高さ8.1cm、最大幅4.1cmの小銅鐸が完形で出土した(県内3例目)。
特徴:
- 鰭・文様を持たない
- 内部にグリーンタフ製とみられる舌状小石が付着
- 通常の小銅鐸にみられない内面突帯を有する
- 弥生後期に位置づけられる
銅鐸祭祀の地域的展開と変容を考える上で重要な資料である。
7.拠点集落としての性格
出土遺物には、
- 土器・石器・木器・骨角器
- 小銅鐸
- 銅鐸形土製品
- 板状鉄斧
など、外来性・祭祀性を帯びた資料が含まれる。 これらの内容から、河原口坊中遺跡は単なる農耕集落ではなく、相模川流域における弥生後期の地域拠点的集落と評価される。
相模川流域弥生集落の比較研究
相模川流域は、関東地方南西部における弥生文化受容の重要地域である。流域には自然堤防・段丘・低湿地が複雑に分布し、それぞれの地形条件に応じた集落展開がみられる。本稿では、**相模川流域弥生集落の立地・規模・生業・対外交流の視点から比較整理する。
1.立地類型の比較
- (1)自然堤防立地型
- 代表例:河原口坊中遺跡(海老名市)
- 河川沿いの微高地
- 洪水回避と水利確保の両立
- 大規模集落形成
- 水辺環境により木製品保存良好
→ 生産・流通・交通の拠点化傾向が強い。
- (2)段丘上立地型
- 代表例:勝坂遺跡(相模原市)
- 相模川支流域の段丘面
- 防御性・安定性を重視
- 環濠的要素を伴う例もある
→ 中小規模集落が分散的に立地。
- (3)低湿地近接型
- 寒川町・平塚市周辺の遺跡群
- 水田適地に近接
- 灌漑型水稲耕作への適応
- 河道変動の影響を受けやすい
→ 農耕特化型集落の可能性。
2.集落規模の比較
- 河原口坊中 500軒超(調査確認分,中期後半~後期中心
- 中流域段丘集落 数十~百軒規模,時期限定例多い
- 下流域低地集落 小~中規模,後期中心
相模川流域では、中流自然堤防型の大規模集落が地域中核を担った可能性が高い。
3.生業構造の比較
- 河原口坊中遺跡
- 農耕(鋤出土)
- 漁撈(しがらみ状遺構)
- 織布(緯打具)
- 木工(臼・杵) → 複合的生業構造
- 段丘集落
- 農耕中心
- 狩猟・採集併存 → 内陸型自給経済
- 下流域
- 水稲耕作特化傾向
- 河口交易との関係も想定
4.対外交流の比較
河原口坊中遺跡では、
- 板状鉄斧(東日本初例)
- 小銅鐸
- 銅鐸形土製品
が出土している。
これは、弥生後期において相模川が物資流通ルートとして機能していた可能性を示す。
段丘型集落では鉄器・青銅器は少量出土例が多く、広域交流の結節点は自然堤防型に集中する傾向がある。
5.流域構造モデル
相模川流域弥生社会は、次のような階層的空間構造をもっていた可能性がある。
- 上流:小規模分散集落(農耕・狩猟)
- 中流:拠点的大規模集落(流通・祭祀・統合)
- 下流:水田生産拠点・外海接続点
この構造は、北部九州型の首長制社会とは異なり、緩やかな地域連合型社会を形成していた可能性を示唆する。
6.研究史上の論点
- 相模川流域は東海系文化圏か南関東系文化圏か
- 銅鐸文化の東限問題
- 板状鉄斧流通ルート(朝鮮半島→北九州→東海→相模?)
- 河川交通の実態復元
特に河原口坊中遺跡の発見以降、相模川中流域を中心とする拠点集落論が再評価されつつある。
7.総括
相模川流域弥生集落の特徴は、
- 地形多様性に応じた立地分化
- 中流自然堤防型大規模集落の存在
- 農耕・漁撈・手工業の複合化
- 鉄器・青銅器を伴う広域交流
にある。 とくに河原口坊中遺跡の調査成果は、南関東弥生社会の中心地形成過程を具体的に示す画期的資料と評価できる。
指定
アクセス等
- 名称:河原口坊中遺跡
- 所在地:神奈川県海老名市河原口158-2
- 交通:厚木駅から徒歩15分。(1.2km)
参考文献
- 文化庁(2016)『発掘された日本列島 2016』共同通信
- 黒澤諒(2023)「再生される銅釧の展開」『駒澤考古』48,pp.41-55
- 加藤久美(2015)「弥生時代の河辺の生活」
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