人制 ― 2026年03月09日 00:07
人制(ひとせい)は、古代日本において「部民制」の前段階の王権に直属する人的奉仕集団・隷属集団の総称とされている。
概要
「人制」という用語自体は同時代史料に現れる制度名ではなく、後世の研究概念であるが、 金石文・木簡・『日本書紀』に見える「○○人」「○○部」「○○者」の存在から、王権が人々を特定の役割で直接把握・動員する仕組みが存在したと推定されている。 人制は後の時代になって成立する「部民制」の前段階(プレ部民制)と呼ばれている。直木孝次郎(1985)は人制に関して先駆的な研究を行い、3分類した。即ち第一類として「職業と関係がある人制」二十氏として、県主人、江人、大田人、川人、国造人、倉人、酒人、宍人、島人、園人、杣人、手人、寺人、舎人、丹人、服人、氷人、三宅人、神人、湯人を挙げる。第二類は「氏族または種族名と関係あるもの」十三氏として、粟人、生江人、凡人、丹生人、肥人、隼人、漢人、韓人、高麗人、新羅人、唐人、秦人、御間名人を挙げる。第三類として「意味不明の人制」として阿漏人を挙げる。阿漏人は日本の飛鳥時代から奈良時代にかけての木簡に記される人名であるが具体的な役割は不明である。また阿漏人は「人制名」とも「個人名の集積」とも解釈可能であり、人制概念の多義性を示す好例とされている。 直木の分類は文献に見える「○○人」を便宜的に分類したものであり、すべてが同時代かつ同一性格の制度であったとは限らない。さらに重複的概念(例:舎人・寺人)や後代制度が混入している可能性が指摘されている。「唐人」などの一部は、雄略期に「唐人」を実体的集団として想定することには慎重論がある。雄略期では国家としての「唐」は存在していなかったからである。実態よりも後世的表現や広義の外来系総称である可能性が指摘されている
考古学的証拠
埼玉県行田市の稲荷山古墳出土の金錯銘鉄剣(国宝)には獲加多支鹵大王(雄略大王)に地方豪族乎獲居(ヲワケ)が杖刀人(つえとりのひと)として仕えたことが記されている。人制の存在を直接証明するものではないが、地方豪族が王権に人的奉仕関係で結びついていたことを示す重要史料と指摘されている。 熊本県玉名郡和水町の江田船山古墳出土の鉄刀銘文には无利弖(ムリテ)が獲加多支鹵大王(雄略大王)に「典曹に奉事せし人」(典曹人)と書かれる。「典曹」が官司名か職掌名かは議論があるところであり、王権内部の実務を担う専門的奉仕者であった可能性が高いと考えられる。
文献証拠
文献的証拠としては『日本書紀』に宍人、史戸、養烏人などが書かれることが挙げられる。
宍人(ししひと)
古代において鳥獣の肉を調理する職業集団であり、本来は宮廷供膳を担う職掌集団であり、 葬送儀礼との関係は副次的・儀礼的側面と考えられる。。狩猟で得た鳥獣(猪、鹿など)を調理して宮廷などに供する専門職であったとみられる。 日本書紀第十四巻(雄略二年)二年冬十月条に「以此二人、請將加貢爲宍人部」と書かれる。
史戸(ふひと)
古代日本において、文書作成や記録管理など文筆に関わる専門的職の氏族(史部)とその隷属民(部民)を史戸という。渡来人の子孫(渡来系氏族)が担った。 日本書紀第十四巻(雄略二年)二年冬十月条に「是月、置史戸・河上舍人部」と書かれる。
舎人(とねり)
舎人は、古代日本において天皇や皇族、貴人に仕える下級の官人とされる。舎人は人制的段階から律令制官人への移行段階の両義性を持。 日本書紀第十四巻(雄略三年)に「是日、大舍人闕姓字也驟言於天皇曰「穴穗天皇、爲眉輪王見殺。」と書かれる。
養烏人(かひひと)
雄略時代、信濃国(現長野県)や武蔵国(現東京都、埼玉県、神奈川県の一部)の豪族が、天皇を誹謗したために処罰され、その結果「鳥養部」という特定の役職に降格されたとする。処罰として特定の職掌集団に編成される点は、王権が人々の身分・役割を直接に再編成できたことを示す。 日本書紀第十四巻(雄略十年)に「天皇聞而使聚積之、直丁等不能忽備、仍詔爲鳥養部」と書かれる。
視葬者
視葬者は日本書紀第十四巻(雄略九年)に表れる、古墳儀礼全般の指導、監督、管理するものであったとされる(和田晴吾(2024)、pp.124-125)。雄略時代やそれ以前の古墳時代において、大王や有力者の葬儀(特に殯の後に行われる埋葬儀式)を専門的に担当する役職や人々が存在しており、彼らが「視葬者」と呼ばれていたと考えられる。
評価
文献史料と考古学資料とがあいまって、雄略朝は人制的支配が最も史料上に可視化される時期であり、王権による直接的な人的把握・再編が強化された段階と位置づけられる。 日本書紀の人制の多くが雄略の時代に書かれている。しかしながら、これらの出来事や職種がすべて雄略の時代であったかは確定できない。
参考文献
- 吉村武彦(2003)「ワカタケル王と杖刀人首ヲワケ」 『ワカタケル大王とその時代』山川出版社
- 辻田淳一郎(2015)「山の神古墳の研究_雄略朝期前後における地域社会と人制に関する考古学的研究」
- 直木孝次郎(1985)「人制の研究」『日本古代国家の構造』青木書店
- 平石充(2015)「人制再考」『島根県古代文化センター研究論集』14
- 鈴木正信(2023)「人制研究の現状と課題」『日本古代の国造と地域社会』八木書店
- 和田晴吾(2024)『古墳と埴輪』岩波書店
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