小樋尻遺跡 ― 2026年07月24日 00:06
小樋尻遺跡(こひじりいせき)は京都府城陽市に所在する縄文時代後期から中世まで継続的に利用された複合遺跡である。古墳時代前期の槽付き木樋を用いた導水施設や、古墳時代後期から奈良時代にかけての大規模な溝、盾形木製品・琴・斎串・人形など祭祀関連遺物の出土、流水祭祀の可能性を示す遺構・遺物が確認されている。
概要
京都府城陽市は、近畿地方のほぼ中央部の内陸部に位置している。周辺には水主神社東遺跡や長池古墳、芝山遺跡などが所在し、古くから継続的な土地利用が行われた地域である。小樋尻遺跡の範囲は、東西約1,100m、南北約320mである。
発掘史
小樋尻遺跡は、1996年(平成8年)3月に城陽市教育委員会が実施した分布調査で確認された。2000年(平成12年)・2001年(平成13年)には今池川改修工事に伴う試掘・発掘調査、2016年(平成28年)には関西電力株式会社の送電用鉄塔の移設に伴う発掘調査、2017年(平成29年)の新名神高速道路建設に伴う試掘調査によりさらに西側に広がることが確認された。同年には城陽市消防本部庁舎移設新築に伴う発掘調査が城陽市教育委員会により実施された。また同年から新名神高速道路建設と国道24号拡幅に伴う発掘調査が公益財団法人京都府埋蔵文化財調査研究センターにより実施されている。
発掘調査では、縄文時代後期~晩期の自然流路、縄文時代晩期の竪穴建物や土器棺、古墳時代前期の集落や自然流路に設けられた導水施設、古墳時代後期の集落、古墳時代後期~奈良時代の大規模な溝、奈良時代の集落、古墳時代前期・古墳時代後期・飛鳥時代・奈良時代の小規模な溝群、中世の島畑群や井戸・掘立柱建物が確認されている。
2021年(令和3年)9月6日~2022年(令和4年)3月2日に発掘調査で検出された主な遺構は、弥生時代後期後半~末の井戸1基(SE11)、古墳時代前期の土坑2基と溝4条、古墳時代後期の竪穴建物2基と溝1条、飛鳥時代の溝3条、飛鳥時代~奈良時代の溝1条である。出土遺物は、土師器、須恵器、石鏃であった。土師器は櫛描き波状文で加飾された二重口縁壺口縁部片であった。小樋尻遺跡における放射性炭素年代測定報告では、土坑(SK11)7層の炭化物計4点を測定し、補正14C年代が1750±30年BP、2σの暦年代は確率の高い順に240~384 cal AD(94.6%)、398~401 cal AD(0.8%)であり、古墳時代前期に相当する年代を示した。
導水施設
古墳時代前期の一時期に限られるが、槽付き木樋を使った導水施設が検出されている。上層で古墳時代後期~奈良時代の河川が検出されており,「特別な」祭祀遺物として斎串・人形が出土した。下層の古墳時代前期の河川から極めて簡単な構造の堰板と槽付き木樋が検出されている。川からは盾形木製品と琴が出土している。坂靖(2024)は、遺構の検出状況や出土遺物から、古墳時代前期の流水祭祀であった可能性を指摘している。さらに、飛鳥時代から奈良時代に水源や河川で行われた水の祭祀は、古代国家に編成された在地首長によって営まれたものと考察している。
アクセス
- 名称:小樋尻遺跡
- 所在地:京都府城陽市富野
- 交通:
参考文献
- 公益財団法人 京都府埋蔵文化財調査研究センター(2023)「小樋尻遺跡第13次」京都府遺跡調査報告集
- 坂靖(2024)「古墳時代の水支配と水の祭祀」国立歴史民俗博物館研究報告第249 集
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