群馬県立歴史博物館 ― 2026年04月18日 00:17
群馬県立歴史博物館(ぐんまけんりつれきしはくぶつかん)は群馬県高崎市の「群馬の森」内に所在する歴史系博物館である。1979年(昭和54年)10月に開館し、2014年からの大規模改修を経て2017年にグランドオープンした。群馬県の歴史・文化資料を体系的に収集・保存・展示する中核的施設であり、東国古代史研究の拠点として重要な役割を担っている。
概要
同館は、原始時代から近現代に至るまでの群馬県の歴史を、実物資料を中心に、映像・復元模型・デジタル技術などを組み合わせて展示する。展示は「人びとのくらし」「生産・交流」「地域形成」などの視点から構成され、来館者が地域史を体系的に理解できるよう工夫されている。
また、企画展示や特別展示、講座・ワークショップなどを通じて、研究成果の公開と教育普及活動を積極的に行っている。
主な見どころ
最大の特徴は、2020年(令和2年)に国宝指定された「群馬県綿貫観音山古墳出土品」を常設展示する国宝展示室である。銅水瓶・金銅製馬具・埴輪群像など、古墳時代の高度な工芸技術と地域首長層の権威を示す副葬品が一括して公開されている。
さらに、古墳文化を中心とする展示は「古墳・埴輪王国ぐんま」の実像を示すものであり、東国における古墳時代社会の実態を理解するうえで重要である。
近年はデジタル展示の導入も進み、埴輪ホログラムや体験型展示、発掘疑似体験などを通じて、視覚的・体験的な学習環境が整備されている。
学術的意義
群馬県は古墳の集中地域として知られ、同館はその出土資料を集約・公開することで、東国古代史・考古学研究の基盤を形成している。特に綿貫観音山古墳出土品は、ヤマト王権と東国豪族との関係や、古墳時代後期の政治・文化の交流を考察するうえで重要な史料群である。
また、同館は地域史を「日本列島史」および「東アジア史」の中に位置づけて提示することを理念としており、地方史研究の高度化と普及を両立させる施設として評価される。
展示
綿貫観音山古墳の世界 - 国宝
- 綿貫観音山古墳 副葬品
- 綿貫観音山古墳埴輪
- 埴輪 胡坐し 合掌する男子
- 埴輪 三人童女
- 埴輪 飾り馬・馬子
- 埴輪 振分け髪の男子
縄文・旧石器
- 岩宿遺跡出土石器(複製)、
- 石器(下触牛伏遺跡・三和工業団地Ⅰ遺跡・上白井西伊熊遺跡)
- 石器(東長岡戸井口遺跡・柏倉芳見沢遺跡・市之関前田遺跡・八ヶ入遺跡ほか)
- 土偶(天神原遺跡・中栗須滝川Ⅱ遺跡)、
- 獣面把手(上丹生屋敷山遺跡・神保植松遺跡)、
- 土面(本遺跡)、
- 岩版・独鈷石(中栗須滝川Ⅱ遺跡)、
- 石棒(南蛇井増光寺遺跡)
古代
- 銅水瓶
- 突起付冑
- 獣帯鏡
- 金銅鈴付大帯
- 装飾付大刀
- 鉤状鉄製品
- 金銅心葉形杏葉
- 金銅歩揺付雲珠・
- 辻金具・
- 飾金具
- 三角縁神獣鏡 -川井稲荷山古墳(玉村町)
- S字甕 - 中溝・深町遺跡(太田市)
- 石製模造品 - 剣崎天神山古墳(高崎市)
- 長持形石棺(複製) - お富士山古墳(伊勢崎市)
- 衝角付冑・短甲・眉庇付冑 - 鶴山古墳(太田市)
- 木簡 - 藤原宮跡(奈良県)
- 鶏形埴輪
- 舟形木製品(下田遺跡)、
- 石田川式土器(石田川遺跡)、
- 壺形土器(前橋天神山古墳)
- 上野三碑 - 山上碑・多胡碑 金井沢碑(高崎市)
- 儀仗・
- 小銅鐸(中溝・深町遺跡)、
- 石製品(下佐野遺跡)、
- 石製模造品(剣崎天神山古墳)、
- 短甲・冑(鶴山古墳)、
- 韓式系土器(蔵屋敷遺跡)、
- 鉄製轡(西大山遺跡1号古墳)、
- 馬形土製品(高崎情報団地Ⅱ遺跡)
- 同向式画文帯神獣鏡(古海原前1号古墳)
- 馬具・鉄製武器(川額軍原Ⅰ遺跡)、
- 軒丸瓦・文字瓦「放光寺」[複製](山王廃寺)、 唐三彩-陶枕(多田山 12号墳)(伊勢崎市)
基本事項
- 名称:群馬県立歴史博物館
- 開設:1979年10月 開館
- 休館日:月曜日
- 開館時間:午前9時30分から午後5時まで(?館は午後4時30分まで)
- 観覧料:300円 企画展示は展覧会により料金が異なる。
- 午前9時30分から午後5時まで(入館は午後4時30分まで)
- 所在地: 〒370-1207 群馬県高崎市綿貫町992-1
- 交通:【JR高崎駅東口から】高崎市内循環バスぐるりん
- 岩鼻線 15系統 「綿貫町行き」 約25分
池子遺跡群資料館 ― 2026年04月17日 00:03
池子遺跡群資料館(いけごいせきしりょうかん)は神奈川県逗子市に所在する池子遺跡群の発掘調査成果を保存・公開する資料館である。池子遺跡群から出土した遺物や調査成果を通じて、地域の歴史と古環境の変遷を分かり易く紹介する拠点施設として位置づけられる。
概要
池子遺跡群は、丘陵・谷戸・低湿地からなる複合的な地形に展開する広域遺跡群であり、旧石器時代(先土器時代)から近代までに至る長期的な人間活動の痕跡が確認されている。とくに低湿地環境においては、有機質遺物の保存状態が良好であり、木製品をはじめとする通常は残存しにくい資料が多数出土している点に大きな特色がある。これらは農具・容器・建築部材など多岐にわたり、当時の生活様式や生業活動の復元に重要な手がかりを提供している。出土展示資料は、弥生時代の広鍬、小型叉鍬、縄、槽、卜骨、環状石斧、横槌、鍬膝柄、鎌状製品、堅杵、機織具、長柄桜山1号墳の埴輪、持田遺跡から出土した石釧などがある。
本遺跡群の発掘調査は、1989年から1994年にかけて神奈川県立埋蔵文化財センターおよびかながわ考古学財団により実施された。この調査は、旧日本海軍弾薬庫跡地を経て戦後にアメリカ軍提供用地となり、その後の住宅整備に伴って行われたものである。調査の結果、弥生時代の旧河道が検出され、水田開発や集落立地と自然環境との関係を解明する上でも重要な成果が得られた。旧石器時代と縄文時代の遺物はあまり出土せず、池子の谷戸まで海岸線が及んでいたとみられる。池子谷における生活の痕跡が縄文時代早期にまで遡ることが判明している。弥生時代になると。人々は川の付近に住み始めた。川底から木製の農具が多数出土した。水田の跡は明らかではないが、この付近で水田が営まれていたとみられる。鹿の骨で作られた釣針や、石製の網錘などが出土しているため、半農半漁の生活であったとみられる。古墳時代では、谷戸最奥部での当該期の生活痕跡が伺えた。川に土砂が流入し、低湿地となっており、方形周溝墓が作られた。勾玉、剣、鏡などの石製模造品がみつかっている。なんらかの祭祀が行われていたとみられる。
池子遺跡群資料館では、こうした出土遺物(石器・土器・木製品など)および発掘調査の成果を展示し、遺跡群の歴史的意義と環境復元の成果をわかりやすく紹介している。池子遺跡群は、関東地方における低湿地遺跡の代表例の一つであり、有機質遺物の豊富な出土によって古代社会の具体像に迫ることができる点で、学術的にも高い評価を受けている。
■池子遺跡群=低湿地遺跡研究の意義
池子遺跡群は、丘陵・谷戸・低湿地からなる複合的地形上に展開する遺跡群であり、とりわけ低湿地環境に由来する有機質遺物の良好な保存によって、日本列島における低湿地遺跡研究の進展に大きく寄与した事例として評価されている。
まず第一に注目されるのは、有機質遺物の豊富な出土である。通常、木製品や植物質資料は分解されやすく、遺存例はきわめて限定される。しかし池子遺跡群では、低湿地に形成された嫌気的環境により、木製農具・容器・建築部材などが良好な状態で保存されていた。これにより、従来は土器・石器に偏りがちであった考古学研究に対し、生活技術や生業活動を具体的に復元する新たな資料群が提供された。この点は、物質文化研究の質的転換を促すものであったといえる。
第二に、弥生時代の旧河道の検出がもつ意義である。河道の位置や変遷は、集落立地や水田開発と密接に関係する。池子遺跡群における旧河道の確認は、単なる地形復元にとどまらず、当時の水利用や灌漑、さらには洪水リスクへの対応といった環境適応の実態を解明する手がかりを提供した。すなわち、本遺跡は人間活動と自然環境との相互関係を具体的に読み解くフィールドとなっている。
第三に、長期的時間軸における土地利用の変遷を追跡できる点が挙げられる。池子遺跡群では旧石器時代(先土器時代)から近代に至るまでの連続的な遺構・遺物が確認されており、同一地域における土地利用の変化を通時的に検討することが可能である。とくに低湿地は時代ごとに利用形態が大きく変化するため、その変遷を具体的に示す資料として重要である。
さらに、池子遺跡群の発掘調査は、現代の都市開発と埋蔵文化財保護の関係を考える上でも重要な意味を持つ。米軍住宅建設という大規模開発に先立って実施された調査により、広範囲かつ精密な記録が残されたことは、開発と学術研究の両立の一つのモデルケースと評価できる。低湿地遺跡は、泥炭層などの酸素が少ない環境によって、木製品、骨角器、植物遺体などの有機質遺物が極めて良好な状態で保存され、考古学的に非常に貴重な遺跡となる。しかし、その特性ゆえに開発圧力の影響を強く受けやすく、保存と開発の調整が大きな課題 となる。この点は、池子遺跡の低湿地遺跡がしばしば開発圧力にさらされやすい環境に立地することを踏まえると、特に重要である。
以上のように、池子遺跡群は、
- ①有機質遺物の保存による生活復元研究の深化、
- ②旧河道を軸とした環境復元と生業研究の進展、
- ③長期的土地利用変遷の解明、
- ④開発と文化財保護の調整
という複数の観点において、低湿地遺跡研究の重要な基準例を提供している。したがって本遺跡群は、関東地方のみならず日本列島全体における低湿地遺跡研究の展開において、方法論的・資料論的両面から高い学術的意義を有するものと位置づけられる。
遺構
弥生時代
- 竪穴建物
- 掘立柱建物
- ピット群
- 土坑
- 溝5
- 土器溜
- 河川
古墳時代
- 方形周溝墓
- 竪穴建物
- 掘立柱建物
- 溝
- 土器棺墓
- 土器だまり
- 土器列
- 焼成遺構
- ピット
遺物
- 縄文土器
古墳時代
- 土師器
- 木製品
- 動物遺存体(獣(骨)
アクセス等
- 名称:池子遺跡群資料館
- 所在地:神奈川県逗子市池子字花ノ瀬60-1 池子の森自然公園内
- 休館日: 月曜日
- 開館時間:9時00分~16時00分
- 入館料: 無料
- 交通: 京浜急行線 神武寺駅から徒歩15分
参考文献
- 池子遺跡群資料館 パンフレット
海の道むなかた館 ― 2026年03月31日 23:47
海の道むなかた館(うみのみちむなかたかん)は福岡県宗像市に所在する歴史・文化施設であり、世界遺産である『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群のガイダンス機能を担う施設である。
概要
宗像市は2010年(平成22年)7月に「宗像市郷土文化学習交流施設基本構想・基本計画」を策定し、その整備事業の一環として2012年(平成24年)4月28日に同館を開館した。
館内は大きく世界遺産解説コーナーと常設展示室から構成される。 世界遺産解説コーナーでは、『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群の構成資産や宗像地域の信仰・祭祀の歴史について、大型映像やパネル展示を用いて解説している。
常設展示室では、宗像市域の遺跡から出土した考古資料を中心に、先史時代から近世に至る地域史を通史的に紹介する。展示は交流史の視点から構成されており、主なテーマとして「ヒトの来た道」「稲作が渡った道」「最先端技術が渡った道」「半島・大陸との交流の道」「拡大する海外交流の道」「街道と海女の道」などが設定されている。
展示内容は、旧石器時代の人類移動、弥生時代の稲作伝来、古墳時代の技術革新と対外交流、奈良・平安時代の国際交易の展開といった時代区分に沿って構成されている。
主な展示資料には、弥生土器、久原遺跡出土の人物埴輪、飾履(復元品)、および田熊石畑遺跡出土の銅剣(重要文化財)などがある。
また、平成31年(2019年)3月には入館者数が100万人を突破した。開館以来、館長には西谷正(九州大学名誉教授)が就任していたが、令和6年(2024年)3月に退任した。在任中は館長講座の実施などを通じて、宗像・沖ノ島の世界遺産登録および普及啓発に寄与した。*施設概要
- 名称:海の道むなかた館
- 場所:福岡県宗像市深田588番地
- 管理主体:福岡県宗像市
- 入館料:無料(特別展示等では、有料あり)
- 定休日:毎週月曜日
- 開館時間:9時から18時まで
- 交通:JR東郷駅前バス停より宗像大社経由・神湊波止場または光陽台6丁目行きバス(約20分)宗像大社前下車
井戸尻考古館 ― 2026年03月30日 00:19
井戸尻考古館(いどじりこうこかん)は長野県諏訪郡富士見町に所在する縄文時代の資料を中心とする考古資料館である。 八ヶ岳西南麓に展開した縄文時代中期を中心とする地域文化の研究・展示を目的として設置され、周辺に所在する井戸尻遺跡群の発掘成果を基礎資料とする。
概要
八ヶ岳山麓は縄文時代中期(約5500~4500年前)に大規模な集落が発達した地域として知られ、井戸尻遺跡・曽利遺跡・藤内遺跡などの遺跡群から多数の土器・石器・土偶が出土している。
井戸尻考古館では、これらの出土資料を保存・公開するとともに、縄文人の生活・信仰・生業を復元的に紹介する展示を行っている。
展示内容
館内展示では、発掘調査によって出土した資料の中から約2000点の土器・石器を中心に、年代順に配列して展示している。これにより、八ヶ岳西南麓地域における縄文土器様式の変遷や、石器の用途・製作技術の変化を理解できるよう構成されている。
また、住居構造の模型展示のほか、食料採集・装身具・衣類など縄文時代の生活文化を復元的に紹介している。土器や土偶にみられる文様についても、装飾表現の意味や象徴性の研究成果を踏まえて、当時の精神文化や祭祀観念との関連が解説されている。
屋外展示
考古館の屋外には約5300平方メートルの展示空間が設けられている。ここでは
- 炉址
- 配石遺構
などの遺構を復元するとともに、
- 縄文時代の植物利用を再現する栽培圃場
- 石器材料となる岩石を展示する岩石園
などを設置し、縄文人の食生活や石器製作に関する研究・教育活動が行われている。
主な収蔵・展示資料
井戸尻遺跡群の出土資料には重要文化財・長野県宝などが含まれている。
- 主な資料
- 藤内遺跡出土品(国重要文化財)
- 水煙渦巻文深鉢(長野県宝)
- 坂上遺跡出土土偶(重要文化財)
- 曽利遺跡出土石鍬
- 人面香炉形土器(曽利遺跡)
- 炉形土器(井戸尻遺跡)
これらは、八ヶ岳西南麓に発達した縄文中期文化の特色を示す資料として重要視されている。
井戸尻遺跡群と縄文中期文化
1 井戸尻遺跡群の位置と研究史
井戸尻遺跡群は長野県諏訪郡富士見町、八ヶ岳西南麓の標高約900~1000メートルの台地上に広がる縄文時代中期の大規模遺跡群である。 遺跡群には井戸尻遺跡・曽利遺跡・藤内遺跡・坂上遺跡など多数の集落遺跡が含まれており、縄文時代中期(約5500~4500年前)の生活を示す遺構・遺物が密集している。
発掘調査は戦後に本格化し、とくに井戸尻遺跡から出土した精緻な装飾をもつ土器群は、日本列島の縄文中期文化を代表する資料として広く知られるようになった。現在では遺跡群の発掘資料は井戸尻考古館に収蔵・展示されている。
2 縄文中期集落の形成
八ヶ岳西南麓は湧水に恵まれ、温暖湿潤な気候と豊かな森林資源を背景として縄文中期に大規模集落が形成された地域である。
井戸尻遺跡群では、
- 竪穴住居跡
- 配石遺構
- 炉址
- 土坑
などが多数確認されており、環状または群状に配置された集落構造が復元されている。住居の密度や遺構数から、当時この地域には比較的長期にわたる定住的集落が存在していたと考えられている。
縄文中期は日本列島の人口が増加した時期とされ、井戸尻遺跡群はその代表例の一つである。
3 土器文化の展開
井戸尻遺跡群の最大の特徴は、装飾性の高い縄文土器群である。 代表的なものとして
- 水煙渦巻文土器
- 香炉形土器
- 立体装飾をもつ深鉢
などが知られている。
これらの土器は立体的な渦巻文や突起装飾を特徴とし、縄文中期に関東・中部地方で発達した華麗な土器文化の典型例とされる。 同時期には八ヶ岳周辺で曽利式土器が成立しており、井戸尻文化圏は中部高地における縄文中期文化の中心的地域の一つと位置づけられている。
4 生業と資源利用
井戸尻遺跡群では、石器や植物遺体の研究から多様な生業活動が確認されている。
主な生業は
- シカ・イノシシなどの狩猟
- 木の実(クリ・クルミなど)の採集
- 山菜・植物利用
であったと考えられる。
また、曽利遺跡からは石鍬が出土しており、縄文中期の植物栽培活動との関連も指摘されている。八ヶ岳山麓ではクリ林の管理など、人為的な森林利用が行われていた可能性も議論されている。
5 祭祀と精神文化
井戸尻遺跡群では土偶や特殊形態土器が多数出土しており、縄文人の祭祀活動を考えるうえでも重要である。
とくに
- 人面香炉形土器
- 香炉形土器
- 女性形土偶
などは、祭祀や共同体儀礼に関係する道具と考えられている。
また、配石遺構や特殊土坑の存在は、集落内で宗教的行為が行われていたことを示唆している。縄文土器の複雑な装飾も単なる装飾ではなく、象徴的意味を持つ可能性が指摘されている。
6 日本縄文文化史における意義
井戸尻遺跡群は、縄文時代中期の
- 大規模定住集落
- 高度に発達した装飾土器文化
- 豊かな精神文化
を示す遺跡群として、日本縄文文化研究の重要拠点となっている。
とくに八ヶ岳西南麓地域は、関東地方と中部高地を結ぶ文化交流の接点に位置し、縄文文化の地域的多様性を理解するうえで重要な地域と評価されている。
アクセス等
- 名称:井戸尻考古館
- 入館料:大人(高校生以上)300円
- 所在地:〒399-0101 長野県諏訪郡富士見町境7053 MAP
- 休館日: 月曜日・祝日の翌日・年末年始
- 開館時間: 午前9時~午後5時
- 交通: JR中央本線 信濃境駅下車 徒歩15分。
参考文献
府中市郷土の森博物館 ― 2026年03月21日 00:09
府中市郷土の森博物館(ふちゅうしきょうどのもりはくぶつかん)は東京都府中市にある総合博物館である。
概要
1968年(昭和43年)に設立された府中市立郷土館を前身とし、1987年(昭和62年)に現在地で開館した。府中市域の歴史・民俗・自然・天文に関する資料を収集・保存・調査研究し、展示や教育普及活動を通じて地域文化の継承と理解の促進を目的とする施設である。
館内には府中の歴史を時代順に紹介する常設展示室のほか、プラネタリウムや復元建築物を配置した野外博物館区域が整備されている。古代武蔵国の中心として発展した府中の歴史を、遺物展示や模型などによって解説している。さらに映像の美しいプラネタリウムがあり、天文への関心を引き起こす。 博物館の敷地面積は約14万平方メートル(約14ヘクタール)であり、東京ドーム約3個分に相当する広大な敷地に博物館のほか、歴史的建造物の復元、梅園、芝生広場が配置されている。
沿革
- 1968年 府中市立郷土館設立
- 1987年4月4日 府中市郷土の森博物館開館
- 2008年4月2日 常設展示室リニューアル第1期公開
- 2009年3月25日 常設展示室リニューアル第2期公開
- 2014年10月3日 常設展示室リニューアル第3期公開
野外展示施設
園内には府中市域に存在した歴史的建造物が移築復元されている。
- 旧府中町立府中尋常高等小学校校舎
- 旧田中家住宅
- 旧三岡家長屋門(文政12年〈1829年〉創建)
これらは江戸時代中期から昭和初期にかけての建築であり、当時の生活や地域社会の様子を具体的に示す資料として公開されている。
運営方針
- 武蔵国府のまち府中の歴史と文化を伝える
- 天文・自然科学への関心を高める
- 市民の知的好奇心に応える学習拠点となる
- 博物館を核とした地域コミュニティの形成
- 自然と文化に親しむ場の提供
主な展示
(1) ムラのはじまり
府中市域で発見された旧石器時代・縄文時代・弥生時代・古墳時代の遺跡出土品を展示する。 武蔵台遺跡23号住居跡出土品などの考古資料を紹介する。
(2) 古代国府の誕生
武蔵国府の成立と古代府中の発展を、出土遺物や復元模型によって解説する。
(3) 参考展示資料
館蔵資料として他地域の考古資料も展示される場合がある。 例:
- 続縄文時代土器(北海道オホーツク海沿岸出土とされる土器)
- 多賀城跡出土古瓦(奈良時代)
府中市郷土の森博物館の学術的特徴
府中市郷土の森博物館は、東京都府中市に所在する総合郷土博物館であり、歴史・民俗・自然・天文を統合した展示構成と広大な野外展示空間を特徴とする。博物館学の観点からみると、本館は地域総合博物館型(regional integrated museum)と野外博物館型(open-air museum)の性格を併せ持つ施設として位置づけられる。以下では、その学術的特徴を整理する。
1 地域総合博物館としての構造
府中市郷土の森博物館は、自治体博物館として地域の自然・歴史・民俗・科学を総合的に扱う施設である。このような形態は博物館学では「総合型地域博物館」と呼ばれ、地域社会の文化資源を総体として理解することを目的とする。
同館の展示構成は、
- 考古資料(旧石器時代?古墳時代)
- 古代武蔵国府関連資料
- 近世・近代の民俗資料
- 自然史資料
- 天文教育施設
といった複数分野を横断しており、地域文化の時間的連続性を示す構造を持つ。 特に武蔵国府研究の資料展示は、府中が古代行政都市として果たした役割を理解するうえで重要であり、地域史研究の拠点としての機能を担っている。
2 野外博物館としての展示方法
本館の大きな特徴は、園内に歴史的建築物を移築復元した野外展示空間を持つ点である。
移築された建築物には
- 旧府中町立府中尋常高等小学校校舎
- 旧田中家住宅
- 旧三岡家長屋門
などがあり、江戸時代から昭和初期までの建築文化を具体的に示す資料として保存されている。
博物館学では、このような展示手法は
- 環境復元型展示(environmental reconstruction display)
と呼ばれる。 単なる建物保存ではなく、当時の生活環境を体験的に理解させる教育的展示として重要な意味を持つ。
3 景観型博物館としての特徴
府中市郷土の森博物館は、約14ヘクタールの園地に
- 梅園
- 水辺景観
- 歴史建築
- 博物館施設
を配置した「景観型博物館(landscape museum)」として設計されている。
これは近年の博物館学で重視される
- 文化景観の保存と展示
という理念と一致するものであり、文化遺産と自然環境を一体として提示する試みである。
4 市民参加型博物館
自治体博物館としての性格から、同館は
- 市民講座
- 学校教育との連携
- ボランティア解説
- 地域資料の寄贈収集
などの活動を通じて、地域住民との関係を重視している。
このような博物館運営は博物館学では 「コミュニティ・ミュージアム(community museum)」 の理念に近い。 博物館を単なる展示施設ではなく、地域文化の共有拠点として機能させることを目的としている。
5 学際的博物館としての特色
同館にはプラネタリウム施設が設置されており、歴史・文化に加えて天文教育も行われている。
このように
- 人文科学
- 自然科学
- 科学教育
を統合した構成は、地域博物館の中でも比較的特徴的であり、「学際型博物館(interdisciplinary museum)」として評価される。
まとめ
府中市郷土の森博物館は
- 地域総合博物館
- 野外博物館
- 景観型博物館
- コミュニティ・ミュージアム
- 学際型博物館
という複数の性格を併せ持つ施設である。
このような複合的構造により、同館は府中地域の歴史文化を総合的に理解する拠点であると同時に、地域社会と博物館とを結びつける文化施設として重要な役割を担っている。
諸元
- 名 称:府中市郷土の森博物館
- 開 設:1987年4月4日
- 休館日:月曜日(祝日のときは、その翌日)、年末年始
- 開館時間:午前9時から午後5時(入館は午後4時まで)
- 観覧料:博物館観覧料(公園・復元建築物・常設展示室)大人 300円
- 所在地: 〒183-0026 東京都府中市南町6-32
- 交通: 分倍河原駅から 郷土の森総合体育館行「郷土の森正門前」下車/徒歩23分 1.6km
立正大学博物館 ― 2026年03月05日 00:32
立正大学博物館(りっしょうだいがくはくぶつかん)は埼玉県熊谷市の立正大学熊谷キャンパス内に所在する大学博物館である。2002年(平成14年)4月に開館し、同大学の考古学研究の蓄積を基盤として、日本およびアジアの考古資料を体系的に収蔵・展示している。 本館は、1932年(昭和7年)に設置された立正大学考古学資料室および1978年(昭和53年)に熊谷キャンパスに開設された考古学陳列室の収蔵資料を母体として整備されたもので、学内研究成果の公開と地域文化への貢献を目的としている。
収蔵・展示資料の特色
1.ネパール・ティラウラコット出土資料
本館の特徴の一つが、ネパール・ティラウラコット遺跡出土資料群である。これらは日ネパール親善の一環としてネパール考古局より寄贈された資料で、南アジア仏教文化圏の考古資料として学術的意義が高い。
2.旧石器時代資料
日本列島の旧石器文化を示す資料として、北海道白滝遺跡出土品のほか、立正大学が調査を行った北海道報徳遺跡、神奈川県朝日遺跡の出土品を収蔵する。大学による発掘成果を直接示す点に特色がある。
3.縄文時代資料
埼玉県石神貝塚、千葉県築地台貝塚の出土品をはじめ、大学OB吉田格氏寄贈の縄文土器群が重要である。
- 早期:花輪台式・子母口式
- 後期:称名寺式・堀之内式
- 晩期:安行各式
また、称名寺貝塚出土の土器・石器・骨角器および骨角器原料(鹿角)も収蔵しており、縄文時代の地域文化変遷を比較研究するうえで貴重な資料群となっている。
4.弥生時代資料
東京都久ヶ原出土の弥生式土器を所蔵し、関東地方における弥生文化受容の様相を示す資料として位置づけられる。
5.古墳時代資料
埼玉県野原古墳群出土の耳飾・直刀・鉄鏃・須恵器などの発掘資料を展示しており、地域首長層の副葬品構成や武器体系を考察する手がかりを提供する。
6.古代窯業研究資料
1958年から1980年にかけて、文部省(現・文部科学省)科学研究費の交付を受けて実施された「古代窯業の考古学的研究」による発掘資料を所蔵・展示している。これは戦後日本考古学における生産遺跡研究の先駆的成果を示すものである。
学術的意義
立正大学博物館は、単なる展示施設ではなく、
- 大学附属機関としての研究成果公開
- 学外研究者への資料提供
- 地域社会への文化資源還元
という三つの機能を担う。とくに、関東地方を中心とした旧石器時代から古墳時代に至る通時的資料群を有する点、ならびに南アジア考古資料を併せ持つ点に特色がある。
立正大学文学部考古学研究室発掘資料
- 朝日遺跡(神奈川県) -旧石器時代
- 報徳遺跡(北海道) - 旧石器時代
- 白滝遺跡(北海道)
- 石神貝塚(埼玉県) - 縄文時代
- 野原古墳群(埼玉県)- 古墳時代
- 長熊(ながくま)廃寺跡・ - 千葉県
- 九十九坊(くじゅうくぼう)廃寺 - (千葉県)
- 大椎経塚(千葉県)
古代窯業
- 前田野目窯跡(青森県)
- 荒沢窯跡(山形県)
- 町沢田窯跡(山形県)
- 上小友窯跡(群馬県)
- 金山瓦窯跡(群馬県)
- 新沼窯跡(埼玉県)
- 虫草山窯跡(埼玉県)
- 亀ノ原窯跡(埼玉県)
- 新久窯跡(埼玉県)
- 八坂前窯跡(埼玉県)
- 八瀬里工房跡(埼玉県)
- 宮ノ前窯跡(埼玉県)
- 鶴牧窯跡(埼玉県)
- 宮洞窯跡(長野県)
- 若宮窯跡(長野県)
- 御牧ノ上窯跡(長野県)
- 青水窯跡(広島県)
- 平田窯跡(福岡県)
アクセス等
- 名称:立正大学博物館
- 所在地:〒360-0194 埼玉県熊谷市万吉1700
- 開館日: 月・水・木・金曜日 (大学休業中を除く)
- 開館時間:10:00~16:00
- 入館料: 無料
- 交通: 熊谷駅【JR(上越・北陸新幹線/高崎線/湘南新宿ライン/上野東京ライン)、秩父鉄道】下車 南口より森林公園駅行・立正大学行バス(国際十王バス)で約10分
参考文献
- 立正大学博物館(2002)「立正大学博物館年報」
中野区立歴史民俗資料館 ― 2026年02月24日 22:18
中野区立歴史民俗資料館(なかのくりつれきしみんぞくしりょうかん)は、東京都中野区の歴史や民俗に関する資料を収集・保存し、調査研究および展示公開を行う郷土資料館である。地域では愛称「れきみん」として親しまれている。
概要
本館は、名誉都民である山﨑喜作氏から1984年(昭和59年)に寄贈された約2,600平方メートルの敷地を活用して整備され、1989年(平成元年)に「山﨑記念中野区立歴史民俗資料館」の名称で開館した。江戸時代に江古田村の名主を務めた山﨑家の屋敷の敷地であり、併設されている山﨑邸の茶室および書院は江戸時代後期の建築と伝えられる。 展示室は特別展示室(1階)、企画展示室(2階)、常設展示室(2階)からなる。 常設展示では、旧石器時代から近現代までの中野の歩みを時代順に紹介している。旧石器時代の遺物は尖頭器、ナイフ形石器が展示される。縄文時代では網籠、弥生時代では2世紀から3世紀の高坏などの土器があり、古墳時代では遠藤山古墳出土の土器と円筒埴輪が展示される。 縄文土器や地域で出土した考古資料、いわゆる「金塚」に関する資料、製粉に用いられた石臼、街道沿いに設置された道標など、実物資料と模型・解説パネルを組み合わせ、中野の歴史的環境と人々の暮らしの変遷を解説している。
諸元
- 名 称:中野区立歴史民俗資料館
- 開 設:1989年(平成元年)
- 休館日:月曜日、第3日曜日、年末年始
- 開館時間:午前9時から午後5時まで(入館は午後4時半まで)
- 観覧料:無料
- 所在地: 中野区江古田四丁目3番4号
- 交通:西武新宿線「沼袋」駅から徒歩10分江古田駅・練馬駅より路線バス「江古田二丁目」バス停下車 徒歩3分
最近のコメント