器台 ― 2025年04月25日 00:35
器台(きだい)は壺などを上に載せる土器の台である。
概要
器台形土器ともいう。壺、甕、皿などの土器を上に乗せるための台である。 弥生時代後期から発達し、古墳時代にも見られる。 壺に比べると出土数は少ない。もともとは日常的に使用される土器であった。 座りの悪い土器などを安定して載せるために使用された。
高坏との違い
高坏は皿に高い台が付いた食器であり、縄文時代晩期から弥生時代にかけて一般的に使われた。器台は食器としては使われない。
形状
上部は広がって鼓の様な形をなし、中部はくびれて細くなり、底部は裾開きとなる。 土師器では小型のものも見られる。
形の変化
形状は鼓形器台、筒形器台、大型器台、特殊器台などに変化した。
特殊器台
葬送の祭りに使用された大型の土器の器台である。特殊器台は埴輪の原型とされている。特殊な大型の形状の櫛目文、並列三角文が施される特殊器台がある。
出土例
- 大型器台 - 土壇原北遺跡、愛媛県松山市、弥生時代/2世紀
- 須恵器 器台 - 具同中山遺跡群、高知県四万十市具同、古墳時代
- 筒形器台 - 大園遺跡、大阪府高石市、和泉市、泉大津市、五世紀前半
- 器台 - 南摺ヶ浜遺跡、鹿児島県指宿市十二町、古墳時代
- 須恵器器台 - 具同中山遺跡群、高知県四万十市具同、古墳時代
参考文献
- 熊野正也(1980)「特殊な器台形土器について」『史館』(12)、史館同人
- 栃木英道(1983)「器台形土器の形態について」『北陸の考古学』
吉見百穴 ― 2025年04月25日 00:40
吉見百穴(よしみひゃっけつ)は埼玉県県比企郡吉見町にある古墳時代後期の横穴墓群である。
概要
現在確認できる横穴の数は219基である。古墳時代の横穴墓群としては国内最大規模である。凝灰質砂岩という比較的掘削しやすい岩盤である。地元では「ひゃくあな」と呼んでいる。東松山駅東口から鴻巣西口方面行きのバスで10分前後である。資料展示館と埋蔵文化財センターが隣接し、発掘出土品を展示する。中央ルートは上に登ることができる。穴のいくつかは中に入ることが可能である。構内に国指定天然記念物の「ヒカリゴケ」が生える。
用途
当初は住居説があったが、死者を埋葬する横穴と判明した。戦争中は大規模な地下軍需工場が作られ、それにより十数基の横穴が壊された。
調査
明治20年(1887年)、東京帝国大学(現東京大学)の大学院生であった坪井正五郎が地元の人々の協力を得て全面発掘調査を行い、237基の横穴を発掘した。人骨、玉類、金属器、土器類が出土した。
構造
それぞれの横穴は、前庭部、羨道、玄門、玄室からなる。玄室は広さが約4m2から6m2である。構造は古墳の横穴式石室とほぼ同じである。玄室には棺座と呼ばれる遺体を安置する施設が設けられる。玄室の平面系は、正方形、長方形、台形、楕円形など8形式に分類される。 横穴墓の入口には綠泥石片岩を板状に加工した閉塞石が立っていたとみられる。
遺構
- 古墳
- 横穴
遺物
- 須恵器
- 土師器
- 直刀
- 刀子
- 鉄鏃
- 耳環
- 勾玉
- 管玉
- 埴輪
考察
展示
- 吉見町埋蔵文化財センター
- 吉見百穴資料展示館
吉見百穴事件
吉見百穴事件は、2024年3月22日に埼玉県吉見町の百穴射撃場で発生した、散弾銃の誤発射事件である。30代と70代の男性2人が弾に当たり、腕や背中に怪我をした。心霊スポットとも言われる。
指定
- 1923年3月7日 国指定史跡
所在地等
- 名称: 吉見百穴跡
- 所在地:埼玉県比企郡吉見町北吉見327番地
- 観覧料:大人: 300円 中学生年齢以上 子供: 200円
- 交通: 東武東上線「東松山駅」下車、川越観光バス「免許センター」行き 乗車 「百穴入口」下車、徒歩 5分
参考文献
- 金井塚良一(1975)『吉見百穴横穴墓群の研究』校倉書房
- 坪井正五郎(1887)「埼玉県横見郡黒岩村及び北吉見村横穴探求記」上・下編『東京人類学会雑誌』19・22
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