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釣鐘池北遺跡2025年09月06日 01:05

釣鐘池北遺跡(つりがねいけきたいせき)は世田谷区尾山台に所在する縄文時代の遺跡である。

概要

釣鐘池北遺跡は三鷹市の丸池を水源とする仙川の左岸台地上に立地する遺跡である。付近の区立つりがね池公園に釣鐘池が今も残る。池の水は西側の水路から流れ、都立祖師谷公園から仙川に合流し、野川、多摩川、東京湾へ流れる。遺跡の標高は約46mである。本遺跡は古くから知られており、『千歳村史』に釣鐘池の南北で遺物が分布していることが記載されている。第一次調査は1971年10月に世田谷郷土研究会により実施された。第二次調査(1977年2月から4月)では縄文時代早期の井草式土器、稲荷台式土器が検出された。第三次調査は1986年10月、第四次調査は1987年12月に行われた。第五次調査は1992年7月21日から1993年2月23日に行われた。集落の範囲は東西170m、南北183mと想定されている。これまで12回の発掘調査が行われている。 これまで出土した土器は次の通り。

  1. 縄文前期 - 稲荷台式、黒浜式、諸磯b式
  2. 縄文中期 - 勝坂系、阿玉台系、加曽利E系、曽利系、連弧文系
  3. 縄文後期 - 称名寺系、堀之内系

調査

第五次調査

縄文時代の遺構としては住居跡24軒、土坑4基、ピット49基が検出された。 土器は稲荷台式、黒浜式、諸磯b式、勝坂式、阿玉台式、加曽利E式、曽利式、連弧文土器、称名寺式、堀之内式と縄文前期から縄文後期まで幅広い時期の土器が出土した。 23号住居跡は2.46m×0.76mと小規模である。土器は加曽利E1式、勝坂Ⅲ式が検出された。時期は勝坂Ⅲ式とみられる。 24号住居跡は3.65m×1.60mの規模である。土器は勝坂EⅢ式、阿玉台ⅡからⅣ式、加曽利E1式、E2式が出土した。28号住居跡は3.49m×1.41mの規模である。平面円形の埋甕炉が出土した。炉体土器は隆帯のある渦巻文の文様がある。口縁部に渦巻き状の隆帯と連結する隆帯のある土器が出土している。 石器は石鏃、スクレイパー、ペエス・エスキーユ、打製石斧、磨製石斧(緑色凝灰岩)、磨石、敲石、石核、使用痕のある剥片、二次加工のある剥片、剥片が出土した。

遺構

  • 住居4
  • 伏甕2
  • 埋設土器1
  • 野外炉1
  • ピット
  • 土坑
  • 集石土坑

遺物

  • 縄文土器
  • 石器
  • 打製石斧
  • 磨製石斧
  • 石鏃
  • 土製円盤
  • 大珠

展示

考察

指定

アクセス等 

  • 名称  :釣鐘池北遺跡
  • 所在地 :東京都世田谷区祖師谷6丁目6番/東京都世田谷区上祖師谷3丁目
  • 交 通 :祖師谷大蔵駅から徒歩24分(1.7km)

参考文献

  1. 釣鐘池北遺跡第5次調査会(1994)『釣鐘池北遺跡1』世田谷区教育委員会
  2. 世田谷区教育委員会(2012)『釣鐘池北遺跡 第10次調査』世田谷区教育委員会