珠玉 ― 2025年08月21日 00:20
珠玉(しゅぎょく)は真珠と玉である。
概要
「珠」は真珠であり、「玉」はヒスイなど山で取れる鉱物の宝石である。 海から産する「真珠」と、山から産する「玉」を対比する。 弥生時代の「珠」は、主にガラス製の玉や、碧玉、緑色凝灰岩を指す。 魏志倭人伝では、倭国の特産品として「真珠」と「青玉」が記載される。 弥生時代の玉作は、碧玉・緑色凝灰岩の管玉作りが主体であった。 佐渡では青玉石(緑色)が取れる。ジャスパーの一種とされる。 青玉は「碧玉」を指す場合もあったであろう。
他の用法
珠玉は小さくて美しいもの、りっぱなものを表す意味にも使われる。 例として「珠玉の作品」。 大きなものを形容する時には使わないので、「珠玉の大作」はない。
使用例
- 天萬豐日天皇(孝德天皇) 二年甲申、飯含むるに珠玉をもってすることなけれ、珠の襦、玉の柙を施くこと無れ。「棺漆際會三過、飯含無以珠玉、無施珠襦玉柙。」「薄葬令」の一部である。珠玉は宝石の意味で使用されている。
- 天渟中原瀛眞人天皇(天武天皇) 九年夏四月己亥、親王以下庶民に至るまで,身に着ける金・銀・珠玉・紫・西木・おりもの・こしき・冠・帯その他種々もの着用するには,それぞれ身分に応じたものを用いよ(「親王以下至于庶民諸所服用、金銀珠玉・紫錦繡綾・及氈褥冠帶・幷種々雜色之類、服用各有差。」)
参考文献
- 奈良国立博物館(2008)『正倉院展六十回のあゆみ』奈良国立博物館
チブサン古墳 ― 2025年08月21日 00:27
チブサン古墳(ちぶさんこふん)は、熊本県山鹿市にある古墳時代の前方後円墳である。
概要
岩野川沿いの平小城台地の東端にある前方後円墳である。装飾古墳の傑作とされる。 埋葬施設は後円部に造られた九州型横穴式石室である。玄室奥壁に設けられた石屋形の壁面は、赤・白・黒の3色で色付けされた丸や三角、菱形などの図が描かれている。石室の壁面は大小の石を組み合わせて精緻に積み上げ、上に行くにしたがって内側へ傾けて丸天井を作り、天井部には大きな石を被せて安定させている。二つ並んだ円が女性の乳房に見えることから「チブサン」という名がついたと言われる。県立風土記の丘の中心遺跡である。開口が古いため、遺物で伝わるものはほとんどない。現墳丘は、石室修復時に盛土による整備が施されている。くびれ部分付近に建てられたとされる石人は現在は九州国立博物館に保管されている。
調査
1992年に発掘調査が行われ、周濠、埴輪などが発見されている。北側のくびれ部には造出しが確認されている。周溝の確認調査の結果等から、本来の全長は55メートル以上と推定されている。葬施設は後円部にあり、南に入口のある複室の横穴式石室である。側壁は凝灰岩の割石が積み上げられ、大きな一枚の天井石で塞がれている。石室は凝灰岩製板石を6枚使用する。方形の平面形で側壁がドーム上に積み上げられた石室は、熊本県を中心に分布しており、肥後型石室と呼ばれる。
規模
- 形状 前方後円墳
- 墳長 44m
- 後円部径 径23m 高7m
- 前方部 幅16.5m 長21m 高6m
- 外表施設
- 円筒埴輪 円筒・朝顔形
- 葺石 あり
遺構
- 室・槨 横穴式石室(両袖式)
- 棺 家形石棺(石屋形)、屋根は寄棟造
遺物
- 土師器広口壺
- 漆塗り広口壺
- 須恵大甕
- 提瓶
築造
- 古墳時代後期(6世紀)
指定
- 大正11年10月12日
展示
- 山鹿市立博物館
アクセス
- 名称:チブサン古墳
- 所在地: 熊本県山鹿市城字西福寺1816-1
- 交 通:熊本駅 バス 70分
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