養老律令 ― 2025年09月23日 00:36
養老律令(ようろうりつりょう)は律令制国家の基本法典である。律十巻・令十巻から成る。行政の組織、職務、刑罰、税制を定めた法律である。
概要
718年(養老2)右大臣の藤原不比等の主導で、陽胡真身、大和長岡、矢集虫麻呂・塩屋古麻呂、百済人成が大宝律令を改正し養老律令を撰定したとされる。完成は養老年中(717~724)とする説がある。
編纂から施行まで
大宝律令と養老律令との大きな相違点はないと見られている。しかし戸令などはかなり改正されている。養老律令は757年(天平宝字元年)に施行されたとされる。藤原不比等が日本の実情に合わせて大宝律を修正して整備されたと考えられているが、選定から40年後の施行となった。藤原仲麻呂が孝謙女帝の勅により施行にこぎ着けた。 長い時間が掛かった理由に、藤原不比等の死去に伴う政治的な不安定性、長屋王の変、天然痘の流行、班田収授制や戸籍制度は理論と実際の乖離があったこと、人材不足などが挙げられている。その他の事情として、718年時点では完成されていないので、すぐに施行されなかったとする見解がある。
原典
上代の大和朝廷の法典の原文は、応仁の乱以後の戦乱で失われたとされて、『飛鳥浄御原令』と『大宝律令』の原文は現存しない。『養老律令』は、『令義解』『令集解』の令文などにその一部が、また、諸書へ引用された逸文としてその他の部分が残存している。律10巻約500条は大半が散逸し、令10巻は約1000条は大半が残存する。
背景
藤原不比等が藤原氏所出の首皇子(後の聖武天皇)の統治を裏づける新律令の制定をもくろみ、養老律令施行には不比等の功を顕彰し、仲麻呂の権勢を強める意図があったとされる。後に不比等の孫の藤原仲麻呂の主導で施行された。 形式的には明治維新まで存続した。
構成
- 律 - 12篇。
- 名例(みょうれい)、
- 衛禁(えごん)、
- 職制(しきせい)、
- 戸婚、
- 厩庫(きゅうこ)、
- 擅興(せんこう)、
- 賊盗、
- 闘訟、
- 詐偽、
- 雑、
- 捕亡、
- 断獄
- 令 - 30篇
- 官位
- 職員、
- 後宮職員、
- 東宮職員、
- 家令職員、
- 神祇(じんぎ)、
- 僧尼、
- 戸、
- 田、
- 賦役、
- 学、
- 選叙、
- 継嗣(けいし)、
- 考課、
- 禄(ろく)、
- 宮衛(くえい)、
- 軍防、
- 儀制、
- 衣服、
- 営繕、
- 公式(くしき)、
- 倉庫、
- 厩牧(きゅうもく)、
- 医疾、
- 仮寧(けにょう)、
- 喪葬、
- 関市、
- 捕亡、
- 獄、
- 雑
参考文献
- 井上光貞,席晃,土田直鎮,青木和夫(1977)『律令』『日本思想大系3』岩波書店
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