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垂柳遺跡2025年11月04日 00:12

垂柳遺跡(たれやなぎいせき)は東北地方の青森県稲中田村にある弥生時代の遺跡である。

概要

岩木川支流の平川と浅瀬石川の間の津軽平野南東部に位置する。 1981年(昭和56年)に東方地方で弥生時代の水田が656枚みつかって有名となった。水田跡、畦道、水路、土器、石器、米などが見つかっている。遺物は「田舎館埋蔵文化財センター」で保管・展示されている。

調査

1981年10月の調査で6層に稲のプラントオパールが高密度で検出され、水田跡が埋蔵されている可能性が指摘された。水田跡で検出された田は656枚、総水田面積3967m2である。水田はほぼ方形であり、最大22.4m2、最小1.1m2、平均7.8m2であった。規模の小さな水路が作られている。弥生時代中期には水田稲作が行われていたことが証明された。100年以上稲作が行われた地点もあった。 1995年(平成7年)5月9日から7月12日まで調査した。Ⅵ層上部から大量の弥生時代んの土器、石器が検出された。水路跡から南御山Ⅱ式の完形土器、赤彩の高坏、田舎館式の台坏鉢が出土した。ほか鋤の未製品、石斧柄の未製品、杭状木製品、板状木製品、琥珀製臼玉、有孔石製品、樹皮、炭化米、植物種子、漆塗りの盾状木製品、手網状木製品が出土した。漆塗りの盾状木製品は類例が少なく、赤と黒で鋸歯状の文様が描かれる。

遺構

  • 水路跡
  • 土坑
  • 焼土

遺物

  • 田舎館式土器
    • 台付鉢
    • 高杯
  • 石器
    • 石鏃
    • 有孔石製品
    • 石斧
    • 管玉
  • 木製品(
    • 火切臼
    • 火切杵
    • 漆塗り柄杓

指定

  • 2000年(平成12年)4月11日、国の史跡指定.

所在地

  • 名称:垂柳遺跡
  • 所在地:青森県南津軽郡田舎館村大字垂柳字松立
  • 交通:弘南鉄道弘南線田舎館駅から徒歩10分

参考文献

  1. 設楽博己(2013)『遺跡から調べよう』童心社
  2. 青森県教育委員会(1997)「垂柳遺跡・五輪野遺跡」青森県埋蔵文化財調査報告第219集

染地遺跡2025年11月04日 00:15

染地遺跡(そめじいせき)は東京都調布市にある縄文時代から古墳時代、近世に至る複合遺跡である。

概要

多摩川中流部左岸の沖積低地に広がる遺跡である。昭和41年以降に複数の地点で調査され、大規模な遺跡と判明している。調布市染地2丁目から3丁目にかけて約360,000㎡の広大な面積の遺跡である。

調査

第128地点

令和元年8月から令和3年2月まで発掘調査を行った。第128地点は広大な染地遺跡の東端に当たる。弥生時代後期から古墳時代後期の竪穴住居跡が74軒検出された。隅丸方形は弥生時代、四角の住居は古墳時代の住居跡である。弥生土器・土師器・須恵器などの土器のほか、石製模造品の勾玉・管玉・臼玉や、ガラス製小玉が検出された。希少な小銅鐸が出土した。調査区北東端で検出された土坑2基は、土壙墓の覆土中から副葬品とみられる臼玉が数十点出土した。

小銅鐸

谷状の窪地で出土した青銅製の小銅鐸である。小銅鐸は全国で60例、都内では3例目である。赤銅色を保つ状態で出土した。大きさは総高3.8センチで小型である。鰭はない。裏面の大半はなくなっている。染地遺跡は低湿地にあり、泥土に厚く覆われていたため残った。

遺構

遺物

展示

  • 調布市郷土博物館

考察

指定

  • 令和6年3月29日 調布市指定有形文化財

アクセス等 

  • 名称  :染地遺跡
  • 所在地 :東京都調布市染地3丁目1-815
  • 交 通 :

参考文献