鋸歯文 ― 2026年09月23日 00:05
鋸歯文(きょしもん)は、土器・銅鐸・銅鏡・石製品・古墳の装飾などにみられる幾何学文様である。三角形を連続させるだけのもののほか、三角形の内部に平行する斜線を施すハッチングを伴うものもある。銅鐸では、鋸歯文が身・鈕・鰭などの各部に施される例がある。ハッチングの方向や鋸歯文の配置にはさまざまな形式がみられる。
日本列島では縄文時代の土器にも鋸歯状あるいは連続三角形の幾何学文様がみられるが、これらを弥生時代以降の鋸歯文と直接結び付けることには慎重な検討が必要である。弥生時代には土器や銅鐸などに鋸歯文がみられ、古墳時代には銅鏡や装飾古墳などにも用いられるようになる。
概要
弥生時代から古墳時代にかけての土器・銅鐸・銅鏡、古墳の壁画、飛鳥・奈良時代の瓦などに鋸歯文がみられる。土器・青銅器・石製品・古墳壁画など、さまざまな器物や施設に施される。銅鐸・銅鏡の文様は複雑であり、鋸歯文の三角形の中に平行線を刻む文様がある、また彩色を施した文様もある。 銅鐸の鋸歯文には、三角形の内部に平行する斜線を施したものがあり、ハッチングの方向や配置によっていくつかのタイプに分けられる。一方の列だけの場合と,向かい合う二列の鋸歯に相異なる方向のハッチングが入る複合鋸歯文がある。 日本では弥生時代中期頃の土器から鋸歯文が登場したとされる見解がある。
時代別鋸歯文
縄文時代
縄文時代前期の曽畑式土器などには、鋸歯状・三角形を連続させた幾何学文様がみられ、これを鋸歯文の早い例とみなす見解もある。熊本県宇土市の曽畑貝塚の曽畑式土器に鋸歯文が描かれた土器がみられると指摘されている。曽畑式土器は金峰町阿多貝塚,大口市日勝山遺跡,横川町星塚遺跡,頴娃町折尾遺跡にもみられる。ただ弥生時代の鋸歯文との時期的な連続性は慎重に検討する必要がある。
弥生時代
弥生時代中期以降には、鋸歯文を施した土器が各地でみられるようになる。唐古・鍵遺跡出土の土器には、鋸歯文を含む幾何学文様がみられる。西の谷遺跡(磐田市敷地、弥生時代後期)の銅鐸にも鋸歯文が現れる。銅鐸では、身の裾部や横帯、鈕、鰭などに鋸歯文が施される。鋸歯文は中国・朝鮮半島など東アジアの古代資料にもみられる。ただし、日本の弥生時代の鋸歯文が大陸の文様から直接伝来したものかどうかについては、文様の類似だけでは判断できない。
古墳時代
古墳時代では銅鏡や滑石製紡錘車、装飾古墳の壁画に鋸歯文が描かれる。黒塚古墳出土の三角縁神獣鏡の中にも、鋸歯文を施した例がある。黒塚古墳(奈良県天理市)出土の三角縁神獣鏡の「三角縁(外側の高く盛り上がった縁)」部分に鋸歯文が描かれる。富雄丸山古墳(奈良県奈良市)の鼉龍文盾形銅鏡にも鋸歯文が細かく施される。 永安寺東古墳では、石室内に赤色顔料で連続三角文・円文・船などが描かれている。連続三角文の中には鋸歯文に類似する意匠もみられる。
海外事例
中国の古代青銅器や銅鏡にも、鋸歯状・三角形を連続させた幾何学文様がみられる。1893年にベトナム・ハナム省平禄県玉楼郷で発見された石寨山型東山系の玉楼鼓に腰部上辺にハッチングが施された複合鋸歯文帯が見られた。
意味
三角形を連続させた近世の文様には「鱗文」と呼ばれるものがあり、鋸歯文と形態的な類似がみられる。後世の民俗例として、宗像地域の海女の入れ墨に三角形・鱗状の文様がみられ、魔除けとの関連で説明されることがある。しかし後世の「鱗文」と古代の「鋸歯文」を直接同一視することには注意が必要である。このような近世・近代の民俗例から弥生・古墳時代の鋸歯文の意味を直接復元することはできない。
近世の鋸歯文
近世の文様には、三角形を連続させた「鱗文」がみられ、厄除けなどの意味を付与される場合がある。歌舞伎『京鹿子娘道成寺』では鱗文は蛇体となった女の魔性を示す文様として、また死者の霊を現すものとして使われた。歌舞伎の終盤に清姫の身体を包むのは、蛇体を現す鱗文であった。能装束にも鱗文が用いられ、蛇や怨霊・般若などの異形性や激しい情念を表現する場合がある。 能『道成寺』では、白拍子が鐘の中に飛び込んだ後、鱗文を施した摺箔の衣装を現して登場し、蛇体となった女性の激しい情念を表現する。また『葵上』では、六条御息所の怨霊が般若の姿となる場面で、鱗文を施した装束が用いられる。
鱗摺箔は、無地や綾織の平絹などに型紙を用いて糊を置き、その上から金箔や銀箔を施して、三角形を連続させた鱗文を表す技法である。
古代の鋸歯文と近世の鱗文は、三角形を連続させるという形態的な類似をもつ一方、両者の歴史的な系譜や意味の連続性については別途検討する必要がある。比較すると次のようになる。
- 表現対象
- 古代では青銅器(銅鐸・銅鏡)、土器、埴輪、装飾古墳の壁画
- 近世では着物(染織品)、歌舞伎・能の衣装、工芸品
- デザイン
- 古代では単純鋸歯文、上下交互、二段、三角形内部に細かい平行線(ハッチング)を刻むなどのパターンがみられる。三角形が赤や黒の顔料で彩色されることがある。時期・地域による差異がある。
- 近世の鱗文では、三角形を連続させ、色や染め分けによって隣接する三角形の「地」と「図」を交互に見せる意匠もみられる。
- 呪術性の対象
- 古代では鋸歯文の具体的な意味・機能について確定した見解はなく、呪術的・象徴的意味を想定する説もある。
- 近世では「生存する人間」の厄除け、魔性・怨念を可視化する。
出土例
- 鋸歯文・斜格文(高杯脚部) 唐古鍵遺跡、弥生時代
- 双鈕細線鋸歯文鏡 弥生時代、奈良県南葛城郡吐田郷村長柄出土、重要文化財、東京国立博物館蔵
- 三角縁鋸歯文帯四神四獣鏡 赤塚古墳、大分県宇佐市、3世紀、京都国立博物館蔵
- 有本銅鐸 紀ノ川の河原、弥生時代、和歌山県立紀伊風土記の丘、身の最下段に鋸歯文あり
参考文献
- 江上波夫(1993)『日本古代史辞典』大和書房
- 大塚初重(1982)『古墳辞典』東京堂
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