中原第4号墳 ― 2026年10月01日 00:05
中原第4号墳(なかはらだいよんごうふん)は静岡県富士市伝法に所在した古墳時代後期の円墳である。
概要
古墳時代中期末頃から8世紀にかけて形成された古墳群である伝法古墳群を構成する古墳の一つである。静岡県富士市に所在する古墳時代後期(6世紀)の直径約11mの小規模円墳である。 広見公園の南西、伝法沢川東岸に位置していた。 規模の割に豊富な副葬品の武器、馬具、土器が見られる。 中原第4号墳の特徴を佐藤祐樹(2018)は次のように規定する。
- ①6世紀後半、東駿河地域で横穴式石室を最初に取り入れた古墳である。
- ②石室が盗掘を受けておらず、埋葬時の状況をよく残していたこと(埋葬状況の把握)
- ③豊富な副葬品から、そこから被葬者の位置づけを把握できること。
埋葬施設の規模からすると、鉄鏃の出土量は突出している。
発掘調査
中原第4号墳は平成4年に発見され、発掘調査が行われた。 未盗掘の無袖形横穴式石室内および周溝内から、玉類、刀剣、鉄鏃、農工具、鍛冶具などの生産用具、馬具、用途不明鉄製品、須恵器、土師器、円筒埴輪、朝顔形埴輪、壺形埴輪など、多種多様な遺物が出土した。石室の大きさは全長約4.6m、幅は約1.1mである。
被葬者像
石室内の状況や出土遺物から、少なくとも3回の埋葬が行われたと考えられている。複数の馬具が出土しており、馬匹生産・騎馬活動との関わりが推定される。100本を超える鉄鏃は被葬者の武人的な性格が見られ、象嵌装大刀などから、広域的な交流や畿内王権との関係が推定される。鉄鏃の形態には東駿河の一般的なものに加えて西日本の特定地域に分布するものが含まれ、広域的な交流を示唆する。 古墳時代後期には副葬されることが少ない鍬、鋤先、鎌、鑿などの農工具や、東海地方では稀有な遺物である鉄器生産に不可欠な鍛冶具(鉄鉗)、服飾生産に関係する針などが珍しい。鉄鉗は2016年の調査報告では東海地方唯一の出土例とされる。 被葬者については、渡来人を含む土木開発・手工業の技術者集団を率い、古代富士地域の開発に関わった有力者であった可能性が指摘されている。
考察
なぜこのような小さな古墳なのに副葬品が多量に出土したのであろうか。複数回の埋葬に伴って副葬品が納められた。盗掘がなかったことが要因として挙げられている。中原第4号墳のリーダー等の居住地はどこであったか。被葬者やその集団の居住地については、周辺の集落遺跡との関係を検討する必要があり、近隣の中桁・中ノ坪遺跡などが候補として考えられる。
規模
- 形状 円墳
- 直径 11m
遺物
- 埴輪(円筒埴輪・朝顔形埴輪・壺形埴輪)
築造時期
- 古墳時代後期(6世紀)
展示
- 富士山かぐや姫ミュージアム(富士市立博物館) 中原第4号墳出土品を展示
指定
- 2021年12月24日 静岡県指定有形文化財(考古資料)「中原第4号墳出土遺物一括」
アクセス等
- 名称 :中原第4号墳
- 所在地 :静岡県富士市伝法
- 交 通 :新富士駅から直線距離で4.6km、東海道線富士駅から直線距離3.98km。
参考文献
- 菱田哲郎(2018)「6・7世紀の手工業生産と地域の編成」平成29年度中原第4号墳出土品指定文化財紀年シンポジウム
- 佐藤祐樹(2018)「中原第4号墳の調査成果と古墳時代の富士」平成29年度中原第4号墳出土品指定文化財紀年シンポジウム
- 和田達也(2017)「中原4号墳出土須恵器の様相」平成29年度中原第4号墳出土品指定文化財紀年シンポジウム
- 富士市(2017)「伝法中原第4号墳出土品が市指定文化財へ」埋蔵文化財ニュース2017年3月
- 富士市(2021)「中原第4号墳 静岡県指定文化財へ」埋蔵文化財ニュース2021年12月
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