総社二子山古墳 ― 2026年01月14日 00:33
総社二子山古墳(そうじゃふたごやまこふん)は群馬県前橋市にある古墳時代の前方後円墳である。
概要
総社古墳群のなかで最大の規模である。前方後円墳であるが両円が結合した形となっている。東西方向に主軸がある。群馬県内の横穴式古墳の代表的なもので、墳丘部は国有地になっている。墳丘は二段築成で、全長は89.8m、高さは前方部8m、7.5mである。前方部は自然石、後円部は加工石が使われる。石室は南に開口する。封土の周囲いに周溝の跡が残る。堀幅は22.3 m以上と考えられる。本古墳の発掘は慶長からたびたび行われたと記録に残る。江戸時代後期の学者吉田芝渓の『上毛上野古墓記』(文化7年(1810))に記載されている。豊城入彦命(崇神の皇子)の墓とする伝承がある。前方部石室から頭椎大刀が出土したが、行方不明である。令和2年度調査では円筒埴輪が周堀から多量に出土している。透かしは円形で、外面の調整は縦ハケのみである。形象埴輪として馬形ないし家形埴輪片が出土しているが、出土量が少ない。
石室
前方部と後円部の両方に石室がある珍しい古墳である。前方部の石室は丸石組みの横穴式石室で羨道と玄室からなり、総長8.8m、玄室の長さ5.5m。後円部は切石組の横穴式石室で羨道と玄室からなり、総長8.8m、玄室の長さ7m余。石室規模やプラン構成など綿貫観音山古墳との共通性が指摘されている。石室壁面は榛名山から噴出した角閃石安山岩を加工したものである。 両方に石室があるのは群馬県内では総社二子山古墳だけである。後円部石室は群馬県内で最大級規模の石室である。
- 総社古墳群 築造順序は以下である。 見山古墳(5世紀後半)→ 王山古墳、王河原山古墳(6 世紀初頭)→総社二子山古墳(6 世紀後半)→愛宕山古墳(7 世紀前半)→宝塔山古墳(7 世紀中葉)→蛇穴山古墳(7 世紀後半)
調査
規模
- 形状 前方後円墳
- 築成 前方部:2段、後円部:2段
- 墳長 89.8m
- 後円部径 径44.2m 高7.5m
- 前方部 幅60m 長45.6m 高8m
外表施設
円筒埴輪 円筒Ⅴ式
- 円筒埴輪 あり
葺石
- あり 河原石使用
遺構
- ①横穴式石室(両袖型・自然石乱石積み)
- ②横穴式石室(両袖型・削り石互目積)
- 棺 ①木棺
遺物
- 鈴釧1(六鈴)
- ①金環1
- 銀環1
- <メノウ>①勾玉4
- ①頭椎大刀1 直刀
- 鉄鏃 2
- 刀子2
- ①脚付長頸坩1
- 瓶1
- 提瓶1
- はそう1
- 高杯3
- 須恵器台付直口壺 -(東京国立博物館)
- 六鈴釧 - (東京国立博物館)
指定
- 1927年(昭和2年)4月8日 国指定史跡
- 令和5年10月20日 複数の古墳と統合し、「総社古墳群」となる。
被葬者
築造時期
- 6世紀後半
展示
アクセス等
- 名称:総社二子山古墳
- 所在地:群馬県前橋市総社町植野字二子山368
- 交通: 群馬総社駅 徒歩 10分。
参考文献
- 前橋市教育委員会(2023)「総社古墳群範囲内容確認調査報告書Ⅱ」
- 前橋市教育委員会(2023)「総社古墳群総括報告書」
- 前橋市教育委員会(2025)「総社古墳群範囲内容確認調査報告書Ⅲ」
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