歴史意識の古層 ― 2024年10月08日 12:27
歴史意識の古層(れきしいしきのこそう)は思想家の丸山真男が規定した日本人の古代から続く歴史意識の基底である。
概要
丸山真男は古代の『古事記』『日本書紀』や中世の史料を用いて歴史意識の古層を概念化した。 そして歴史意識の古層を構成する基底カテゴリー(基底動詞)を、「なる」「つぎ」「いきほい」の3つに集約した。三つの原理は相互に密接に関連しあうものである。
「なる」の意味
宣長は「なる」には三つの意味があると説いた。①「無りし物の生り出る」②「此物のかはりて彼物に変化」③「作事の成終る」の三つである。①は伊耶那岐と伊耶那美の「生む」行為によって神の出現を語る前段階としては、「なる」としか表現できかった。②は「化」で変化・変身を表す。③は「成」で完成を意味する。
- 無から有が生まれる(生) be born
- 「生む」場合に「親―子」関係が生じる。
- あるものが別のものになる(変) be transformed
- ものごとが成り終わる(完成) be completed
「なる」の使用例
「生」の事例
- 原文『古事記』上巻) 天地初發之時、於高天原成神名、天之御中主神。
- 釈読)天地(あめつち)初(はじめ)て發(ひら)けし之の時。於高天原(に)成れる神(の)名は、天之御中主(あめのみなかぬし)の神。
- (大意)天地が初めてできたとき、高天原に生まれた神の名前は天の御中主であった。
「変」の事例
- 原文『古事記』(上巻) 於是思奇其言、竊伺其方?者、化八尋和邇而、匍匐委蛇。
- (釈読) ここにその言を奇(あや)しと思ほして、そのまさに産みますを伺見かきまみたまへば、八尋鰐になりて、匍匐はひもこよひき。
- (大意)その言葉を不思議に思って、まさに子供を産もうとする最中に、覗きみたところ、八丈もある長い鰐になつて這いつくばっていました。
「完成」の事例
- 原文『古事記』(上巻)是時有光海依來之神、其神言「能治我前者、吾能共與相作成。若不然者、國難成。
- (釈読) この時、海を光てらして、依り來る神あり。その神の言のりたまはく「我がみ前をよく治めば、吾あれよくともどもに相作り成さむ。
- (大意)このとき海を照らしてやってくるものがいた。その神が言われることは、「わたしをよく祀れば、一緒に国を完成させましょう。
つぎの意味
国生みの最初から伊弉冉の「神避」に至るまで、「次」は47回出現する。世界を時間的連続性で語ることは、無窮性、血統的正当性を強調するものといえる。
- (原文『古事記』上巻) 高御産巣日神、神産巣日神。此三柱神者、並獨神成坐而、隱身也。
- (釈読) 次に高御産巣日神。次に神産巣日神。此の三柱の神は、並なみ独り神と成なり坐まして身を隠しき。
- (大意) 次の神樣はタカミムスビの神、次の神樣はカムムスビの神、この御三方は皆お一人で出現され、やがて姿を隠した。
「いきほひ」の意味
「いきほひ」は自然の成長・増殖・活動を魂の活動としてとらえる、古代日本人のアニミズムの観念が盛り込まれていると解釈されている。
- (原文『日本書紀』神代上) 亦曰、伊弉諾尊、功既至矣、德文大矣、於是、登天報命、仍留宅於日之少宮矣。
- (釈読) 伊弉諾尊、功(こと)既に至りぬ。德(いきほひ)また大きなり。ここに天に登りまして報(かえりこと)命(もう)したまふ。倭柯美野(ワカミヤ)にとどまりたまう。
- (大意) 伊弉諾尊の役割は完了した。その活動は勢いがあり、天に昇り報告したあとは、日のわかみやにとどまった。
現代との関係
丸山真男はリニアな歴史観であり、オプティミスティックなものと指摘する。生成増殖のリニアな継起、構造化されない終わりのないプロセスである。限りなく続く無限の連鎖過程は、目的や意味を示さない。物事の「いきほひ」に任せて生きること、それ自体が問題であるという。 丸山真男は日本人は物事の筋道や道理より、その場の勢いを重んじる傾向があると考えていた。記紀神話に見られる日本人の歴史認識が、その後の日本人の発想の基底となっていることを指摘した。丸山は記紀神話の中に宇宙創世神話は現実の人間の歴史と連続していることを強調している。こうした発想の原点を丸山は本居宣長から得ていた。 勢や次は、丸山の指摘した思想がいわば血肉化しないまま、新しい流行を次々と追っていき、その新しい流行と過去の流行とは連続しておらず、その都度その都度と器用に新しい流行を摂取していくことに現れる。京都学派は、思想的格闘の基準となるべき座標軸が欠けていた。それゆえ超近代と前近代という異質な要素を深い思考なしにつなぎ合わせてしまった。継ぎ接ぎのパッチワークにより、異質な要素を共存さえることを丸山は「雑居」とよんでいる。
考察
丸山真男は現代の思考様式は古代に源流があると考えたようだ。筋道や道理つまり論理的な思考より、「その場の空気」で意思決定する傾向が古代からあることを指摘した。それゆえ、矛盾する思想をつなぎ合わせることに矛盾を感じないのである。
参考文献
- 丸山真男(2003)「「歴史意識」の古層」『丸山真男集 第10巻』,岩波書店
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