阿玉台貝塚 ― 2026年01月23日 00:48
阿玉台貝塚(あたまだいかいづか)は、千葉県香取市に所在する縄文時代中期の馬蹄形貝塚である。
概要
下総台地東縁部、黒部川(利根川水系)流域に発達した台地縁辺に立地し、河川の開析によって形成された大小の支谷が複雑に入り組む地形を呈する。縄文海進期には内湾・干潟環境へのアクセスに恵まれた立地であったと考えられる。
本遺跡は馬蹄形貝塚として知られ、貝層は主として台地斜面部に形成されている。斜面部では少なくとも5か所の貝層が確認されており、台地平坦部に居住域を設定し、周囲の斜面に反復的に貝殻や生活廃棄物を投棄した集落構造が推定される。
1894年(明治27年)には、東京帝国大学(現・東京大学)の八木奘三郎らによって発掘調査が実施され、多数の遺物が出土した。出土遺物には、縄文土器、石器、骨角器、土製品、貝輪などが含まれる。石器類としては磨製石斧や石鏃、骨角器としては釣針やヤス先などが確認されており、狩猟・漁撈・採集活動を基盤とする生業形態が復元される。
貝塚を構成する貝類は、ハマグリ、シオフキ、アサリなどの海産二枚貝を主体とする。また、スズキ・クロダイ・マダイなどの魚類、キジ・ワシ類などの鳥類、両生類(カエル)、哺乳類(イノシシ・シカ・イタチ)の骨が検出されており、多様な動物資源の利用がうかがえる。
本遺跡の最も重要な学術的意義は、東関東地方における縄文時代中期前葉の代表的土器型式である阿玉台式土器の標式遺跡である点にある。阿玉台式土器は、口縁部の肥厚・屈曲を基調とし、隆帯や刻目、押圧文などを組み合わせた装飾を特徴とする。また、胎土に雲母を含む点が注目されており、意図的な混和の可能性も指摘されている。
編年研究
昭和32年(1957)には、早稲田大学の西村正衛によって層位学的調査が行われ、阿玉台式土器の型式変遷が5段階に細分された。この成果は、関東地方における縄文時代中期土器編年研究の基礎をなす重要な研究として評価されている。
遺物
- 石器、
- 骨角器、
- 貝器
- 土製品
- 動物遺存体(貝(シオフキ+ハマグリ+アカニシ)
- 阿玉台式土器
- 縄文土器(下小野式、五領ヶ台式、阿玉台式、加曽利E式)
展示
考察
指定
- 1968年5月20日指定 - 国の史跡指定 「阿玉台貝塚」
アクセス等
- 名称 :阿玉台貝塚
- 所在地 :千葉県香取市阿玉台
- 交 通 :JR小見川駅 タクシー 15分
参考文献
- 西村正衛(1970)『千葉県小見川町阿玉台貝塚 早稲田大学教育学部学術研究第19号』
- 下村三四吉(1894)『下総阿玉台貝塚調査ノ概要』東京人類学会雑誌第9巻第94号
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