飛鳥時代 ― 2025年08月03日 00:01
飛鳥時代 (あすかじだい)は、奈良県の飛鳥(明日香)に都があった時代を指す。日本史の時代区分のひとつである。推古大王(天皇)が即位し、飛鳥の豊浦宮に遷宮した592年から、平城京に遷都した710年までの118年間をいう。
概要
飛鳥時代はもとは美術または建築史の時代区分であった。建築史の関野貞や美術史の岡倉天心が提唱した区分である。古墳は8世紀初頭まで営造されたが、飛鳥時代は古墳文化が仏教文化に切り替わる時代であった。豪族の連合政権から、中央集権体制国家へ、天皇制に基づく律令制国家に社会が変化した時代である。
西暦年 |
和暦 |
出来事 |
592年 | 推古1年 | 崇峻大王、殺害される,推古大王(天皇)即位、豊浦宮に遷宮 |
600年 | 推古8年 | 第一次遣隋使派遣 |
603年 | 推古11年 | 冠位12階制定、小墾田宮に遷宮 |
604年 | 推古12年 | 十七条憲法の制定 |
607年 | 推古15年 | 第二次遣隋使派遣 小野妹子 |
608年 | 推古16年 | 小野妹子、隋使裴世清らとともに帰国 |
610年 | 推古18年 | 第4回遣隋使を派遣 |
622年 | 推古30年 | 厩戸皇子が斑鳩宮で没する |
626年 | 推古34年 | 蘇我馬子が没す |
629年 | 舒明1年 | 舒明天皇が即位 |
630年 | 舒明2年 | 岡本宮に遷都/飛鳥岡(雷丘) |
640年 | 舒明12年 | 厩坂宮に遷都 |
642年 | 皇極1年 | 宝皇女が皇極として即位 |
643年 | 皇極2年 | 山背大兄王殺害される |
645年 | 大化1年 | 乙巳の変 |
646年 | 大化2年 | 薄葬令 |
652年 | 白雉3年 | 班田収授法 |
663年 | 天智2年 | 白村江の戦い、唐・新羅の連合軍に大敗 |
666年 | 天智5年 | 百済の男女2000余人を東国に置く |
667年 | 天智6年 | 近江国の大津へ遷都 |
669年 | 天智8年 | 藤原鎌足が没 |
670年 | 大宝9年 | 法隆寺焼失? |
672年 | 天智7年 | 天智天皇が崩御,第39代弘文天皇(大友皇子)が即位? |
672年 | 天武1年 | 天智天皇没す、壬申の乱。飛鳥浄御原宮に遷宮 |
673年 | 天武2年 | 大海人皇子が即位し天武天皇として即位 |
686年 | 朱鳥1年 | 天武天皇が崩御 |
690年 | 持統4年 | 持統天皇が即位 |
694年 | 持統8年 | 藤原京へ遷都 |
697年 | 文武1年 | 持統天皇、草壁皇子の子の軽皇子へ譲位 |
701年 | 大宝1年 | 大宝律令の完成 |
702年 | 大宝2年 | 第7回遣唐使派遣 |
710年 | 和銅3年 | 平城京へ遷都 |
参考文献
1. 近藤義郎(1995)『前方後円墳と弥生墳丘墓』青木書店
滑瀬遺跡 ― 2025年08月03日 00:23
滑瀬遺跡(なめんじょいせき)は弥生時代後期から古墳時代前期にかけての高地性集落遺跡である。
概要
滑瀬遺跡は大阪府 泉南市信達六尾にある通称「ナメクジ山」と呼ばれる丘陵付近の谷底低地と独立丘陵にまたがる。弥生時代中期末から後期初頭の竪穴住居は、山頂部4棟、斜面地7棟、平地4棟で見つかった。標高65mで、山頂部と平地部の比高差は20mある。土器は畿内第Ⅴ様式の初頭とされる。合計15棟の竪穴住居が発見された。出土土器の中に凸文帯のある壺が出土した。竪穴住居の多くは円形であるが、西側丘陵では方形隅丸プランの住居があった。平野部の4棟以外は急峻な斜面または頂上部で竪穴住居が見つかっている。
発掘調査
近畿自動車和歌山線建設に伴って発掘調査を実施した。試掘2回を経て、1985年(昭和60年)6月1日から7月31日まで1次調査を行い、1985年(昭和60年)8月15日から1686年(昭和61年)2月28日まで2次調査を行った。 調査の結果、弥生時代の竪穴住居・掘立柱建物・溝・自然流路、平安時代の溝、中世の堀・柱穴群などを検出した。丘陵の頂上から谷をはさみ、さらに対面する斜面にかけて、20棟以上の竪穴建物や掘立柱建物が建っていた。甕、壺、高坏、台付無頸壺、台付鉢、広口壺、砥石、有茎式石鏃、国府型ナイフ形石器。有茎尖頭器、細部調整のあるチャート、サヌカイト製スクレイパーが出土した。竪穴建物はほぼ円形である。6号住居の炉は長軸1.36m、短軸0.76m、深さ0.28mである。広口壺は端部を垂下したものがある。
砥石
滑瀬遺跡で出土した板石の破片は、弥生時代後期(1世紀)のすずりの可能性が高いと2019年6月19日に福岡市埋蔵文化財課の久住猛雄主事が指摘した。石片は1985~86年度の調査で出土。長さ6・5センチ、幅2センチである。 弥生時代から古墳時代前期のすずりは、これまでに北部九州を中心に50例以上確認されているが、大阪府で見つかったのは初めてである。現状では東限である。
遺構
- 竪穴建物群(高地性集落を含む)
- 溝
- 自然流路
- 炉
- 掘立柱建物跡
遺物
- 甕
- 壺
- 高坏
- 台付無頸壺
- 台付鉢
- 広口壺
- 砥石
- 有茎式石鏃
- 打製石器
- 磨製石器
- 国府型ナイフ形石器
- 有茎尖頭器
- 細部調整のあるチャート
- サヌカイト製スクレイパー
展示
所在地等
- 名称:滑瀬遺跡
- 所在地:大阪府泉南市信達六尾
- 交通:
参考文献
- 大阪府教育委員会他(1987)『滑瀬遺跡 財団法人大阪府埋蔵文化財協会調査報告書10』大阪府教育委員会他
- 大阪府教育委員会他(1989)『滑瀬遺跡 Ⅱ 大阪府埋蔵文化財協会調査報告書35』大阪府教育委員会他
- 「近畿でも弥生時代のすずり?」四国新聞社、2019/06/19
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