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唐草文2026年01月27日 00:28

唐草文(からくさもん)は、植物の葉や茎の形を蔓状のリズミカルな曲線で連続的につないだ文様である。蔓が途切れることなく展開する構成に特徴があり、反復と連続による秩序あるリズムや、途切れることなく伸び続ける様子から、無限の繁栄を象徴する文様として用いられてきた。

概要

その起源は古代オリエント世界の植物文様に求められ、アッシリア美術にその源流がみられるとされる。ギリシア・ローマ時代になると様式化が進み、さらにササン朝ペルシャを経て、西アジアから地中海世界にかけて広く盛行した。建築の壁面装飾をはじめ、土器、金工、織物など多様な工芸分野に用いられた。

なお、「唐草」とは特定の植物を指す名称ではなく、蔓状に連続する植物文様全体を総称する呼称である。

その後、唐草文はササン朝ペルシャ文化の影響のもと、シルクロードを通じて東アジアに伝播し、中国では魏晋南北朝から唐代にかけて発展した。日本には飛鳥・奈良時代に伝来し、仏教美術と結びついて、仏像の台座や光背、瓦、染織品などに多く用いられ、代表的な装飾文様の一つとなった。

日本での展開

日本の考古資料においては、唐草文は寺院建築の軒丸瓦・軒平瓦の文様として多く認められ、特に飛鳥・奈良時代の瓦には、忍冬唐草文を中心とする連続的な植物文様が施されている。また、仏具や装身具に用いられた金銅装では、透彫や毛彫による唐草文が多用され、荘厳性や霊的空間の強調を担った。

さらに、須恵器においても、胴部や頸部に線刻や貼付によって唐草文が表される例があり、これは朝鮮半島・中国系の装飾要素を受容しつつ、日本的な器形や用途に適応した結果と考えられる。これらの用例は、唐草文が単なる装飾にとどまらず、建築・金工・土器といった異なる素材と技法を横断して受容・展開されたことを示している。

唐草文は表現される植物の種類や形態によって、「忍冬唐草」「葡萄唐草」「牡丹唐草」「菊唐草」などに区別される。また、蔓の分岐が蛸の足に似ることから名づけられた「蛸唐草文様」は、江戸時代の古伊万里焼などに多用されている。

出土例

  • 均正唐草文軒平瓦 伝東大寺西塔跡出土、奈良時代、8世紀
  • 青銅製唐草文鐎斗 伝韓国慶尚南道陜川出土、6世紀

多紐細文鏡2025年10月04日 00:44

多紐細文鏡(たちゅうさいもんきょう)は複数の帯状の鈕が中心を外した位置にあり、 鏡の背面に鋸歯文様など細線の文様がある銅鏡である。

概要

鏡の裏面に紐を通す鈕が2、3個あり(多鈕)、細い線で鋸歯文などの幾何学紋様(文)を施した銅鏡である。紀元前6世紀頃中国で登場した。鈕が複数あるため多鈕細文鏡と呼ばれる。 朝鮮半島から蒙古・中国東北地方を中心として数多く発見される。日本では弥生時代の墳墓から出土する。日本ではこれまでに福岡・佐賀・長崎・山口・大阪・奈良・長野の11遺跡12面の出土例のみである。朝鮮半島では29面以上が知られている。 東京国立博物館には伝韓国慶尚南道出土の面径14.3cmの重要美術品となっている多紐細文鏡がある。2015年に福岡県・須玖タカウタ遺跡で弥生時代中期の多鈕細文鏡鋳型が出土したと報道された。従来は朝鮮半島製とされてきたが、この出土により国内生産の可能性も出ている。出土した鋳型は長さ5.1cm、幅2.5cm、厚さ2.36cm、重さ39gの滑石製である。、「重弧文」は日本の弥生土器や銅鐸に現れる文様であるから、渡来人より倭製鋳型の可能性がある。

出土(日本国内)

  • 多紐細文鏡 - 奈良県御所市名柄出土、弥生時代、前4~前1世紀、東京国立博物館
    • 銅鐸と多鈕細文鏡がはじめて共伴した例としてきわめて重要である。
    • 直径15.6cm、縁高0.6-0.8cm、縁は断面蒲鉾形
    • 1955年2月2日、国指定重要文化財、指定名「双鈕細線鋸歯文鏡」
  • 多紐細文鏡 - 梶栗浜遺跡出土、山口県下関市、弥生時代(中期)・前2~前1世紀
    • 直径8.95cm、縁厚0.55cm、重量115g、三紐、東京国立博物館
    • 多鈕細文鏡は銅剣や銅矛と共伴する
  • 多紐細文鏡 - 若山遺跡土坑出土、福岡県小郡市、弥生時代中期から後期
    • 1998年10月16日 国指定重要文化財、「福岡県小郡若山遺跡土坑出土品」
    • 福岡県小郡市埋蔵文化財調査センター蔵、2面出土
    • 1号鏡は直径15.3cm、厚さ約2mm、重さ43g、完形
    • 2号鏡は直径16.0cm、厚さ約2mm、重さ407g、腐食のため欠損あり
  • 多紐細文鏡 - 吉武高木遺跡、福岡市西区早良平野、弥生前期末から中期初頭
    • 重要文化財
  • 多紐細文鏡 -大県遺跡、大阪府柏原市、東京国立博物館蔵
    • 割れあり、直径21.6cm、縁高0.8cm、面厚0.3cm、重量937g
  • 多紐細文鏡 - 本村籠遺跡、佐賀市大和町大字池ノ上、
    • 面径10.5cm、ほぼ完形で鋳上がり良好、割れあり、蒲鉾状縁
    • 平成5年3月31日 佐賀県 重要文化財
  • 多紐細文鏡 - 宇木汲田遺跡、佐賀県唐津市宇木、弥生早期~後期
  • 多紐細文鏡 - 増田遺跡、佐賀県佐賀市鍋島町、弥生中期初頭、県指定重要文化財
    • 甕棺に細片として出土、面径10.5cm
  • 多紐細文鏡 - 原の辻遺跡、長崎県壱岐市
    • 破片
  • 多紐細文鏡 - 里田原遺跡出土、長崎県平戸市田平町、平戸市立里田原歴史民俗資料館
    • 三つの鈕をもった完形品であり、径8.9cmの小形の部類に属する。
    • 有形文化財(長崎県指定)
  • 多紐細文鏡 - 社宮司遺跡、長野県佐久市野沢地区

参考文献

盒子2025年09月02日 19:45

盒子(こうし、かふし、ごうす)はふたが付いた小さな容器である。

概要

中国語で箱や小箱の意味と言われる。「香合」の別名とも言われる。 蓋の付いた小型の容器を盒子という。素材は木製や金属製、紙製などがある。

古墳時代

平面形が円形のものと楕円形のものがある。古墳時代には石でつくられた盒子が古墳に副葬されるようになる。古墳時代前期から中期にみられるが、緑色をした碧玉や淡緑色の緑色凝灰岩、滑石などでつくられる。分布は近畿地方を中心とし、東は愛知県から西は岡山県に及んでいる。

正倉院

正倉院では盒子を「合子」とし、宝物を入れる蓋付きの容器である。銀平脱合子 第1号(北倉 25)は碁石の容器である。槻薬合子(北倉 109)は龍骨を入れるケヤキ製の蓋付合子である。

出土

  • 石製盒子 - 出土地不詳、古墳時代前期、天理参考館
  • 盒子 - 島の山古墳、奈良県磯城郡川西町唐院、4世紀末葉、奈良県立橿原考古学研究所附属博物館
  • 石製盒子 - 佐味田宝塚古墳、奈良県北葛城郡河合町、4世紀後半
  • 銀平脱六角盒子 伝韓国慶尚南道出土、統一新羅時代・8世紀、東京国立博物館
  • 青花人物花鳥文盒子 景徳鎮窯、17世紀、京都国立博物館

参考文献

フローテーション法2025年09月01日 00:25

フローテーション法(ふろーてーしょんほう)は遺跡から炭化物などの微細遺物を効率的に回収するための方法である。

概要

「水洗選別」という。比重の軽い種子や炭化物などの微細遺物が浮遊する性質を利用した選別方法である。1970年代から導入されている。

フローテーション法の手順

土壌サンプルを水中に投入して攪拌し、比重の軽い炭化物を分離し、取り出す方法である。循環式フローテーション装置(機械で水流を起こす)を使うと効率がよい。試料の採取は後世の炭化物が入らないよう、細心の注意を払うこと。土壌は生物活性度が高いため、動物や昆虫の巣穴や植物の根などの混入があり得る。 ①容器に適量の土壌を入れる。(通常は数リットル単位)大きな石や木片などはあらかじめ取り除いておく。 ②水槽(フローテーション装置)に土壌を投入する。水を入れた容器(水槽やタンク)に土壌試料を少しずつ投入し、シャワーで土壌を攪拌し、手や棒でやさしくかき混ぜ、泥をほぐす。バケツ・タライ・ザルを用いた手動方式である。水流が強すぎると微小遺物が失われるので、攪拌はやさしくする。 ③炭化種子や木炭片など軽い遺物は分離(浮遊物)して水面に浮かぶ。水面を流して浮遊した炭化物を網や布回収垢取り細かいネット(0.25mmから0.5 mm程度)で採集する(軽画分)。網の目は調査目的(種子・花粉・昆虫など)に応じて選択する。 ④石片、骨片、土器片など重い遺物は分離して沈降する。水槽の底部に沈んだものは「重画分(heavy fraction)」としてザルやふるいで回収する。 ⑤取り出した炭化物を顕微鏡を使いながら、同定可能な種実をピンセットでつまみだす。 ⑥回収した軽画分・重画分を別々にラベルを付け、日陰で自然乾燥、または低温乾燥機で処理する。回収後の試料は混ざらないように厳密にラベル管理する。 ⑦コンテキスト(遺構や層位)ごとに分けて、顕微鏡下で植物種子・木炭・昆虫・小動物遺体などを同定記録し、数え、記録する。 ⑧残土処理も重要である(再混入を避ける)。

フローテーション法の特徴

低湿地遺跡の粘土層に包埋された有機遺物の水洗選別は、従来の乾燥筋別法、あるいは水洗筋別法では不可能であり、フローテーション法が唯一の方法とされる。遺跡土壌に含まれる炭化物、種子、骨などの微細な有機物を効率的に回収できる。 ①微小遺物の回収に特化した方法である。 ②比重差を利用したシンプルな方法であり、特別な化学処理は必要なく、環境への負荷は少ない。 ③浮いた軽画分と沈んだ重画と分を分別回収できる。 ④採取した種子や炭化物から、農耕の開始時期・栽培植物の種類・食生活を推定できる。 ⑤水を用いた物理的分離のため非破壊であり、対象遺物を傷めにくい。 ⑥回収した後は乾燥させれば、長期保存が可能である。 ⑦遺跡の生活痕跡や農耕活動を具体的に復元できる。

フローテーション法を適用した遺跡

  • 目切遺跡 - 長野県岡谷市、縄文時代中期中葉末
  • 居家以岩陰遺跡 - 群馬県吾妻郡長野原町、縄文時代

参考文献

  1. 若松貴英(1990)「分離法としてのフローテーション」表面科学 12 (1), pp.28-33
  2. 小林達雄(2007)『考古学ハンドブック』新書館

切妻2025年08月24日 17:53

切妻(きりつま)は家の屋根の頂点から山型となり、二方向へ屋根が斜めに落ちる屋根の形式である。

概要

斜面が2面ある屋根であり、寄棟とともに日本の住宅建築における基本的な形式である。 弥生時代から続く基本的な形状とされている。 吉野ヶ里遺跡の高床建築も切妻である。古代の高床家屋や伊勢神宮正殿は切妻である。 構造がシンプルなので施工しやすい。屋根裏のスペースを広く確保できる。複雑な屋根ではないので、建設に要する工期が短くなる。屋根の断面が正面からみると、三角形になることから、「三角屋根」とも言われる。切妻屋根をもつ建物の外壁に三角形の壁ができた場所を妻壁という。

入口

入り口は妻入りと平入りとがある。軒と平行な面を平(ひら)、直角方向の面を妻(つま)という。。棟と平行な平側(軒先側)に入口がある場合を平入りという。屋根の棟と直角の面に入口がある場合を妻入りという。出雲大社の「大社造り」は、切妻屋根の妻側に入口を持つ「妻入り」が特徴である。伊勢神宮などの神明造りでは平側に入口がある「平入り」である。

雨漏りリスク

屋根と壁のつなぎ目部分が両側2個所と少ないので、構造が単純になり雨漏りリスクが少ない。屋根に傾きがあるので雨は屋根を急速に伝わり落下するので、雨漏りリスクが少ない。勾配が急になるほど雨漏りリスクが減る。

参考文献

  1. 石野博信(2006)『古代住居のはなし』吉川弘文館

2025年07月07日 00:10

(かい)は人力で舟を前進させるための木の棒の先端を翼状に削ったものである。

概要

船を漕ぐためのオールである。櫂には①手櫂、②練り櫂、③櫓、④棹の種類がある。手櫂は柄が短く、水かき部が細長く船の中で座位で使われた。柄が長いものは立位出使われる練り櫂、櫓、棹である。 古くは縄文時代から櫂は使われる。青田遺跡の櫂はすかしのある櫂状木製品となっている。先端が尖る水かき部をもっている。夫手遺跡の櫂は年代測定により縄文前期 と判明している。 材質はスギ製で、水かき部分の形が島大構内遺跡出土の権と似ている。 石狩紅葉山49号遺跡では櫂が計14点が出土した。ほぼ完全な形で出土する1点,一部欠損した状態で柄部と水掻部の残存が認められる2点,櫂の水掻部のみが残存した5点,櫂の柄部と推定された6点がある。樹種は11点が同定されており、モクレン科モクレン属8点、そのほかカエデ科カエデ属、ブナ科コナラ属、クルミ科クルミ属各1点である。四日市地方遺跡の櫂1は長さ38.2cm、幅9.3cm、厚さ2.0cm、スギ製である。櫂2は長さ64.5cm、幅11.6cm、厚さ1.7cm、スギ製である。

考察

出土例

  • 小型櫂 - 羽根尾貝塚、神奈川県小田原市、縄文時代前期中葉
  • 櫂 - 善通寺西遺跡、香川県善通寺市善通寺町、弥生時代から古墳時代
  • 櫂 - 青田遺跡、新潟県新潟県新発田市、縄文時代晩期
  • 櫂 - 高宮八丁遺跡、大阪府寝屋川市、弥生時代
  • 櫂 - 夫手遺跡、島根県松江市、縄文時代前期
  • 櫂 - 多古田低地遺跡、千葉県匝瑳市、縄文時代早期
  • 櫂 - 四日市地方遺跡、三重県四日市市、弥生時代中期
  • 櫂 - 飛鳳里遺跡、韓国、昌寧、新石器時代

参考文献

  1. 荒山千恵()「石狩紅葉山49号遺跡の丸木舟と櫂」

葡萄唐草文2025年07月05日 23:51

葡萄唐草文(ぶどうからくさもん)は葡萄の房、つる、葉などで模様を構成する唐草文である。

概要

古代の葡萄栽培は、数千年前に古代エジプトやメソポタミア、ギリシャ、ローマ 中唐のアッシリアで始ったといわれる。ワイン造りはギリシア、ローマ、ササン朝ペルシアなどで行われた。エジプトでは紀元前3000年に葡萄栽培が始まったとされる。 日本では奈良時代に僧侶の行基が中国から薬として葡萄を伝えたとの説がある。 唐草文は植物の蔓や葉が互いに絡み合っている図を抽象化して文様にしたものである。 唐草という植物はない。葡萄唐草文は日本では風呂敷の文様にもなっている。 葡萄の蔓に葉と房を配して連続的に展開した文様である。西アジアでは葡萄を不死の生命の象徴と考えていた。中国では染織・金工・漆芸品などの模様に多用された。葡萄は多くの実をつけることから豊穣を象徴する植物である。山口恵子(2005)は特徴を第一に蛇行と旋転、第二に繰り返しと反覆によって,連続性が保たれていることを挙げる。また唐草文様の起源は古代エジプ トのロータス(睡蓮)が始まりだといわれていると指摘する。古代ギリシャでは優美な線を持ったパルメット唐草となり、壷絵などの装飾や建築装飾に多用された。 日本に伝わると、正倉院の錦など布製品の模様となった。江戸時代には木綿の布団、争伏紗、風目敷等、藍染作品に唐草文様が頻繁に使われた。

出土

  • 葡萄唐草文軒平瓦破片 -戒那山出土、京都国立博物館
  • 葡萄唐草文鴟尾 - 奈良国立博物館、奈良時代
  • 褥 葡萄唐草文錦 - 東京国立博物館、奈良時代・8世紀、重要文化財
  • 正倉院裂 - 赤地葡萄唐草文綾 - 京都国立博物館、奈良時代、
  • 葡萄唐草文錦 - 正倉院、
  • 縹地葡萄唐草文錦 第16号(東大寺屏風2-3) - 北倉 182
  • 紫地狩猟文錦 第12号(東大寺屏風1-5)- 正倉院、北倉 182

参考文献

  1. 山口恵子(2005)『「唐草文様」風呂敷のシルクロードの旅』日本衣服学会誌