竪穴式住居 ― 2026年04月03日 00:24
竪穴式住居(たてあなしきじゅうきょ)は地面を掘り下げた床面をもつ半地下式の建物であり、周囲に柱を立てて屋根を架け、土や草(葦・茅など)で覆った住居である。一般には「竪穴住居」とも呼ばれ、建物遺構としては「竪穴建物」と総称される。
概要
日本列島では、主に縄文時代から平安時代にかけて広く用いられた代表的な住居形態である。旧石器時代にも地面を掘りくぼめた簡易な居住施設の存在が指摘されるが、本格的な竪穴住居の成立は縄文時代早期以降とするのが一般的である。
竪穴住居は、地面を円形・楕円形・方形などに数十センチメートル程度掘り下げ、その上に柱を立てて屋根を構築する。床面積は一般に20から30平方メートル程度で、数人規模の家族単位での居住が想定される。内部には炉(地床炉・石囲い炉)や貯蔵穴、柱穴などが配置され、時代が下ると調理用のかまどが設けられるようになる。
縄文時代の住居形態は円形・楕円形が主流であるが、弥生時代後期以降には方形住居が増加する。さらに、縄文時代中期から晩期にかけては、中部・関東地方を中心に床面に石を敷いた「敷石住居」が出現する。
また、東北地方や北陸地方では一辺が10から20メートルに達する大型竪穴建物も確認されており、これらは居住用ではなく、集会・作業・儀礼などの共同利用施設であった可能性が高いと考えられている。
構造的には半地下式であるため、外気温の影響を受けにくく、断熱性に優れる一方で、排水や湿気対策が重要となる。実際の住居では床に植物繊維製の敷物や動物の毛皮を敷くなどの工夫がなされていたと考えられる。また、床面や周囲に排水溝を設ける例も知られる。
屋根や柱などの有機質材料は腐朽しやすく、遺跡では柱穴や炉跡などの痕跡として検出されることが多い。出土遺物としては土器・石器が中心であり、木製品や鉄製品は保存条件に左右される。
なお、集落構造については地域差が大きいが、例えば井戸尻遺跡では、住居の規模や構成の違いから、居住者の年齢や性別による居住区分が想定される事例が指摘されている。ただし、このような社会構造の復元には慎重な検討が必要である。
竪穴住居は、材料の節約や施工の容易さといった利点を持ち、日本列島において長期間にわたり基本的な住居形式として継続的に利用された。
参考文献
- 石野博信(2006)『古代住居のはなし』吉川弘文館
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