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野中アリ山古墳2025年11月01日 00:51

野中アリ山古墳(のなかありやまこふん)は大阪市藤井寺市にあった方墳である。 「アリ山古墳」とも言われる。

概要

誉田御廟山古墳の外堤西狽1に存在した方墳である。古市古墳群のなかで、出土資料が質・量ともにもっとも充実した古墳である。 誉田御廟山古墳の周濠外濠から40mの距離にあり、陪塚とも見られる。墳丘の形状は二段築成の方墳であり、辺長45メートル、高さ4.5メートルの規模である。墳丘は全壊している。主墳に対してそれほどの時期差を持たない。円筒埴輪はIV式である。特定物品の埋納を主眼とした陪塚と見られる。アリ山古墳では墳頂部で3基の施設が検出され、そのうちの1基の埋納施設からは2700点以上もの鉄製品が出土した。アリ山古墳では刀剣は85 以上が出土した。刀77、・剣 8である。調査以前に(盗掘により)抜き取られたとされる刀剣の量は、調査時の出土量に匹敵、あるいはこれを越えるものであった可能性が示されている。鉄鏃の数量は野中古墳で約740である。刀は野中アリ山古墳で103.3㎝である。

調査

1961年に実施された発掘調査では、墳頂に3基の施設の存在を確認している。甲冑形埴輪、 草摺形埴輪、蓋形埴輪等の破片の出土が報告された。東西方向に一直線に樹立された円筒埴輪列が発見されている。主体部は箱形木棺直葬で、鉄器埋納施設がある。 う装飾品 2008年10月30日~11月19日に発掘調査を行った。トレンチ中央部で溝を検出した。包含層から円筒埴輪、形象埴輪、蓋形埴輪、盾形埴輪、土師器、須恵器、瓦器、瓦が出土した。

規模

  • 形状 方墳
  • 築成
  • 規模

葺石

埴輪 

遺構

  • 方墳
  • 葺石
  • 埴輪列

遺物

  • 円筒埴輪
  • 形象埴輪
    • 甲冑形埴輪
    • 草摺形埴輪
    • 蓋形埴輪
    • 盾形埴輪、
  • 土師器
  • 須恵器
  • 瓦器

築造時期

  • 5世紀前半

展示

考察

指定

アクセス等 

  • 名称  :野中アリ山古墳
  • 所在地 :大阪府藤井寺市野中2丁目121
  • 交 通 :近畿日本鉄道 古市駅から徒歩16分

参考文献

  1. 藤井寺市教育委員会(2009)「藤井寺市教育委員会第1号」

正福寺遺跡 (葛飾区)2025年11月02日 00:11

正福寺遺跡 (葛飾区)(しょうふくじ いせき)は東京都葛飾区にある古代から近世の複合遺跡である。

概要

正福寺は、東京都葛飾区にある真言宗豊山派の寺院であるが、その正福寺の近くにある遺跡である。これまで4回の発掘調査が行われた。6世紀から7世紀にかけて土地開発が行われた。土器は坏、甕が主体である。8世紀には掘立柱建物が建てられる。土器は土師器のほか須恵器も出土する。須恵器は湖西産、茨城県新治窯跡群産がみられる。9世紀には掘立柱建物がなくなり、土器生産の場となったと推測される。

調査

最初は1987年(昭和62年)の東京都下水道工事に伴う調査で発見された。遺構は古代の土坑、溝、遺物は土師器、須恵器、馬の歯が見つかった。第2回調査は1988年(昭和63年)で中世と近世の遺物が検出された。第3回は平成10年の発掘調査で、遺構は古代の溝、土坑、小穴が検出された。遺物は土師器、須恵器、墨書土器、馬の歯、曲物底板が検出された。

第4回調査

平成14年10月8日から11月22日まで行われた。遺構は古墳時代後期から奈良平安時代井戸、土坑、土器焼成遺構、掘立柱建物跡、ピットである。1号土坑は長軸1.2m、短軸0.92mである。土師器、須恵器が出土した。2号土坑から4号土坑までほぼ同じである。掘立柱建物跡は8世紀のもので、桁行3間、梁行2間である。柱材は検出されなかった。 木製品は農具の竪杵が5号土坑から完全に近い形で出土した。長さ92cm、握り部径3.5cmである。

遺構

  • 土坑
  • 井戸2
  • 土坑5
  • 土器焼成2
  • 掘立柱建物1
  • ピット

遺物

  • 土師器
  • 須恵器
  • 土器3499
  • 陶器61
  • 磁器9
  • 土製品144
  • 木製品25
  • 土錘

展示

考察

指定

アクセス等 

  • 名称  :正福寺遺跡
  • 所在地 :東京都葛飾区東新小岩4-7
  • 交 通 :新小岩駅から北東1.1km

参考文献

  1. 葛飾区遺跡調査会(2005)『正福寺遺跡 Ⅲ』葛飾区遺跡調査会調査報告第55集

高輪南町遺跡2025年11月03日 00:35

高輪南町遺跡(たかなわみなみまちいせき)は東京都港区にある縄文時代から近世、近代に至る複合遺跡である。

概要

1925年(大正14年)頃には高輪南町遺跡は知られていた。遺跡は武蔵野台地の縁の高輪台地の上にあり、北側は古川、南側は目黒川に面する。2014年(平成26年)に行われた試掘調査により「信濃飯山藩本多家屋敷跡遺跡」と名前が付けられた。2018年(平成30)年6月から2021年(令和3年)1月まで行われた発掘調査では区内最大級の原始・古代の集落跡が発見された。そこで遺跡がすでに知られていた時期の町名である高輪南町を遺跡名とした。 調査では弥生時代の墓域跡が見つかり、また当地域では弥生時代における最大の遺跡が出土した。この遺跡は東京湾西岸地域における拠点集落と見られる。

調査

平成30年7月から令和2年12月まで発掘調査を行い、縄文時代から近代の遺跡・遺物が出土した。

弥生時代

弥生時代後期の大規模な遺跡が検出された。弥生時代後期の竪穴住居跡として72軒が検出された。平面形状は隅丸方形で、各建物は主軸を揃えて北西方向に向いている。1辺7mから8mの方形周溝墓が2基発見された。うち1基は陸橋部がなく溝が全周するタイプであった。遺物として高坏、壺、甕などの土器、砥石、土製勾玉、銅鏃が出土した。

古墳時代

竪穴建物6軒と土坑状の祭祀跡がみつかった。竪穴建物から甑や甕がみつかり、祭祀跡から、石製勾玉1点、管玉5個、滑石製剣形模造品が検出された。祭祀で使用される遺物は、倭王権からもたらされた可能性があると見られる。

遺構

  • 竪穴建物跡 7軒
  • 方形周溝墓 2基

遺物

  • 高坏
  • 砥石
  • 土製勾玉
  • 銅鏃

展示

  • 港区立郷土歴史館

考察

指定

アクセス等 

  • 名称  :高輪南町遺跡
  • 所在地 :東京都港区高輪三丁目13番
  • 交 通 :

参考文献

  1. 港区立郷土歴史館「歴史館便りVol0-2」2021年12月10日発行
  2. 「第47回東京都遺跡調査・研究発表会」資料

垂柳遺跡2025年11月04日 00:12

垂柳遺跡(たれやなぎいせき)は東北地方の青森県稲中田村にある弥生時代の遺跡である。

概要

岩木川支流の平川と浅瀬石川の間の津軽平野南東部に位置する。 1981年(昭和56年)に東方地方で弥生時代の水田が656枚みつかって有名となった。水田跡、畦道、水路、土器、石器、米などが見つかっている。遺物は「田舎館埋蔵文化財センター」で保管・展示されている。

調査

1981年10月の調査で6層に稲のプラントオパールが高密度で検出され、水田跡が埋蔵されている可能性が指摘された。水田跡で検出された田は656枚、総水田面積3967m2である。水田はほぼ方形であり、最大22.4m2、最小1.1m2、平均7.8m2であった。規模の小さな水路が作られている。弥生時代中期には水田稲作が行われていたことが証明された。100年以上稲作が行われた地点もあった。 1995年(平成7年)5月9日から7月12日まで調査した。Ⅵ層上部から大量の弥生時代んの土器、石器が検出された。水路跡から南御山Ⅱ式の完形土器、赤彩の高坏、田舎館式の台坏鉢が出土した。ほか鋤の未製品、石斧柄の未製品、杭状木製品、板状木製品、琥珀製臼玉、有孔石製品、樹皮、炭化米、植物種子、漆塗りの盾状木製品、手網状木製品が出土した。漆塗りの盾状木製品は類例が少なく、赤と黒で鋸歯状の文様が描かれる。

遺構

  • 水路跡
  • 土坑
  • 焼土

遺物

  • 田舎館式土器
    • 台付鉢
    • 高杯
  • 石器
    • 石鏃
    • 有孔石製品
    • 石斧
    • 管玉
  • 木製品(
    • 火切臼
    • 火切杵
    • 漆塗り柄杓

指定

  • 2000年(平成12年)4月11日、国の史跡指定.

所在地

  • 名称:垂柳遺跡
  • 所在地:青森県南津軽郡田舎館村大字垂柳字松立
  • 交通:弘南鉄道弘南線田舎館駅から徒歩10分

参考文献

  1. 設楽博己(2013)『遺跡から調べよう』童心社
  2. 青森県教育委員会(1997)「垂柳遺跡・五輪野遺跡」青森県埋蔵文化財調査報告第219集

染地遺跡2025年11月04日 00:15

染地遺跡(そめじいせき)は東京都調布市にある縄文時代から古墳時代、近世に至る複合遺跡である。

概要

多摩川中流部左岸の沖積低地に広がる遺跡である。昭和41年以降に複数の地点で調査され、大規模な遺跡と判明している。調布市染地2丁目から3丁目にかけて約360,000㎡の広大な面積の遺跡である。

調査

第128地点

令和元年8月から令和3年2月まで発掘調査を行った。第128地点は広大な染地遺跡の東端に当たる。弥生時代後期から古墳時代後期の竪穴住居跡が74軒検出された。隅丸方形は弥生時代、四角の住居は古墳時代の住居跡である。弥生土器・土師器・須恵器などの土器のほか、石製模造品の勾玉・管玉・臼玉や、ガラス製小玉が検出された。希少な小銅鐸が出土した。調査区北東端で検出された土坑2基は、土壙墓の覆土中から副葬品とみられる臼玉が数十点出土した。

小銅鐸

谷状の窪地で出土した青銅製の小銅鐸である。小銅鐸は全国で60例、都内では3例目である。赤銅色を保つ状態で出土した。大きさは総高3.8センチで小型である。鰭はない。裏面の大半はなくなっている。染地遺跡は低湿地にあり、泥土に厚く覆われていたため残った。

遺構

遺物

展示

  • 調布市郷土博物館

考察

指定

  • 令和6年3月29日 調布市指定有形文化財

アクセス等 

  • 名称  :染地遺跡
  • 所在地 :東京都調布市染地3丁目1-815
  • 交 通 :

参考文献

下野田遺跡2025年11月05日 00:32

下野田遺跡(しものだいせき)は東京都世田谷区喜多見にある縄文時代から旧石器時代から近世に至る複合遺跡である。

概要

東京都世田谷区南西部の喜多見六・七丁目に所在する遺跡で、野川の左岸、国分寺崖線下の立川段丘面上に立地する。弥生時代を除いて、旧石器時代から中・近世までの遺物・遺構が検出された。 縄文時代では早期の陥穴や縄文時代中期前後の集石が検出された。本ノ木型石槍をはじめとした草創期から晩期までの狩猟具が出土し、本ノ木型の石槍が包含層から出土した。 狩猟の場であったとみられる。下 周辺では下神明遺跡・砧中学校遺跡・嘉留多遺跡など、古墳時代や平安時代の竪穴住居跡が検出されている。

調査

東京外かく環状道路建設に伴う調査により、古墳時代前・中期、平安時代の住居・掘立柱建物などの遺構から土師器、須恵器などが出土した。 平成27年7月から令和2年10月まで発掘調査を行った。古墳時代の竪穴住居が47棟検出された。中期のE13号住居は長辺8.5m、短辺6mの長方形で、大型サイズである。遺物に須恵器の蓋と坏が出土した。縄文時代中期のG5号住居から、祭祀に使ったとみられる、剣の形を模した石製品(石製模造品)や勾玉が出土しており、集落の中で重要な役割を担った区域と考えられる。

遺構

旧石器時代

  • 遺物集中区1箇所

縄文時代

  • 陥穴1基
  • 集石5基
  • 土坑1基

以下は時期混在

  • 遺物集中区1箇所
  • 陥穴1基
  • 集石5基
  • 土坑1基
  • 竪穴住居跡57軒
  • 竪穴状遺構3基
  • 掘立柱建物跡2軒
  • 溝2条
  • 土坑12基
  • ピット598基
  • 遺物集中
  • 溝15条
  • 井戸9基
  • 集石土坑2基
  • 土坑18基
  • ピット44基

遺物

旧石器時代

  • 石器
    • スクレイパー
    • 敲石、
    • 石核、
    • 加工痕のある剥片、
    • 剥片

縄文時代

  • 土器(早期~晩期)
  • 石槍
  • 須恵器
  • 土師器
  • 土師質土器
  • 鉄鎌
  • 鉄鏃
  • 銭貨(元豊通宝)
  • 勾玉
  • 臼玉
  • 石製模造品
  • 紡錘車
  • 管状土錘
  • 灰釉陶器
  • 陶器
  • 砥石
  • 板碑破片
  • 羽釜
  • 火打ち金
  • 鉄滓

展示

考察

指定

アクセス等 

  • 名称  :下野田遺跡
  • 所在地 :東京都世田谷区喜多見六・七丁目地内
  • 交 通 :

参考文献

  1. 公益財団法人東京都スポーツ文化事業団東京都埋蔵文化財センター(2022)『下野田遺跡』東京都埋蔵文化財センター調査報告370

九条塚古墳2025年11月06日 00:09

九条塚古墳(くじょうづかこふん)は千葉県富津市にある古墳時代の前方後円墳である。

概要

内裏塚古墳群の古墳の一つで、内裏塚古墳の南600mにある。墳丘周囲の地割は盾型周溝の形跡をとどめる。盾形の2重周溝を含めた全長は150mに達する。墳丘には円筒埴輪が確認されている。墳丘裾部で円筒埴輪列が検出されている。 墳丘の形状と内部施設は古式と認められるが、須恵器と埴輪では新しい要素も認められる。 現段階では6世紀中葉と考えられている。

規模

  • 総長164m、
  • 墳長105m、
  • 後円部 径59m・高7m、
  • 前方部 幅69m・長51m・高7.9m、
  • くびれ部 幅46m、
  • 後前高差 +0.9m

調査

1911年(明治45年)、柴田常恵と小熊吉蔵による発掘調査により後円部中央で古墳主軸と直交する石室を検出した。しかし正式の報告書はなく、「上総国飯野国発掘の金銅丸玉」(『考古学雑誌』第 1巻第11号)、『君津郡郡誌』(1927)の記事、國學院大学所蔵の『柴田常恵野帳』等によって概略を知るだけである。 1983年度、県教委が墳丘測量を行う。君津郡市文化財センターが、1989年に1月周濠を確認調査する。1991年5月から6月にかけて西側周溝の一部調査を行う。1992年東側周濠の確認調査。1996年10月、君津郡市文化財センターが後円部北西側周溝部を確認調査を行う。

葺石

埴輪 

  • 円筒埴輪V式、円筒埴輪以外は未確認

遺構

  • 前方後円墳
  • 横穴式石室 
  • 古墳周溝

遺物

  • 円筒埴輪
  • 直刀
  • 金銅製空丸玉
    • 銅心銀張耳環
  • 銀製空玉
  • 水晶製切子玉
  • ガラス製小玉
  • 銀製空丸玉
  • 銀製紡錘形空玉
  • 金銅製空丸玉
  • 土師器
  • 人骨
  • 須恵器(杯+高杯+ハソウ+脚付直口壺+提瓶+平瓶)
  • 金銅装大刀
  • 直刀
  • 両関細身式三角形鉄鏃
  • 無関片刃箭細身式鉄鏃
  • 斧箭式長柳葉形鉄鏃
  • 鉄地金銅張胡禄金具 - 金銅製馬具
  • 十字文楕円形鏡板付轡
  • 雲珠
  • 貝芯辻金具
  • 金銅板破片

築造時期

  • 6世紀中葉 と推定

展示

  • 金銅製空丸玉は東京博物館蔵、
  • 富津市飯野小学校所蔵

考察

指定

  • 1973年7月6日 富津市指定史跡
  • 2025年(令和7年) - 国指定史跡(内裏塚古墳群)

アクセス等 

  • 名称  :九条塚古墳
  • 所在地 :千葉県富津市下飯野字達磨716
  • 交 通 :JR内房線「青堀駅」より徒歩

参考文献

  1. 千葉県文化財センター(1994)「研究紀要15」
  2. 小沢洋(1991)「九条塚古墳の再検討」r研究紀要W』君津郡市文化財センター
  3. 小沢洋(1992)「上総南西部における古墳終末期の様相」国立歴史民俗博物館研究報告 第44集