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銅戈2026年03月25日 19:47

中広型銅戈(明治大学)

銅戈(どうか)は弥生時代に日本列島で用いられた、武器の形態を模した青銅製の祭祀用具である。

概要

銅戈は中国大陸において青銅器時代初期(約4500年前)に成立し、紀元前3世紀まで広く用いられた長兵器である。柄の側面に刃を直角に装着する独特の構造を持ち、敵に打ち込み、引き倒す用途に適した武器であり、戦車戦のみならず歩兵戦でも使用された。

朝鮮半島では紀元前3世紀頃に銅戈の製作が確認されており、日本列島へはこの地域を経由して伝来したと考えられている。伝来初期の銅戈は細身で実用性を残す形態(細形銅戈)を示すが、弥生時代中期には中細形銅戈へと変化し、さらに後期になると刃部が著しく拡大した広形銅戈が出現する。この段階では実用性は失われ、明確に祭祀用具として機能したと考えられる。日本列島では、九州に伝わったあと、「祭器」へと変化し、中四国地方や近畿地方、そして長野県へ広がった。

このような変化は、銅剣・銅矛と共通する「武器形青銅器の祭器化」という現象の一環であり、弥生社会における権威表象や祭祀儀礼の発達を示すものである。銅戈は甕棺墓などの墓制において副葬品として出土する例があり、被葬者の社会的地位を示す威信財としての性格を有していた。

銅戈の型式には、主として瀬戸内・近畿地方に分布する大阪湾型と、北部九州を中心とする中細形銅戈系統があり、地域ごとの製作・流通圏の違いが指摘されている。

なお、朝鮮半島における出土例は大邱飛山洞遺跡や晩村洞遺跡など限られた地点にとどまるのに対し、日本列島では多数出土しており、日本において独自に発展・展開した青銅祭祀文化の特徴を示している。福岡県春日市原町では48本の銅戈がまとまって発見されている。

事例

  • 銅戈 – 宇木汲田遺跡出土銅剣・銅矛 佐賀県立博物館
  • 銅戈 - 福岡県春日市小倉出土 京都国立博物館
  • 銅戈鋳型 - 佐賀市上和泉出土、弥生時代(中期)・前2~前1世紀、東京国立博物館

参考文献

  1. 熊野正也(1989)『本館所蔵の銅戈鋳型について』明治大学考古学博物館館報 5,pp.37-41
  2. 吉田広(2014)『弥生青銅器祭祀の展開と特質』国立歴史民俗博物館研究報告85,pp. 239-281

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