甲塚古墳(下野市) ― 2026年08月11日 00:46
甲塚古墳(下野市)(かぶとづかこふん)は栃木県下野市にある帆立貝形前方後円墳である。 『日本百名墳』(中央公論新社編(2024))に選定されている。
概要
墳丘は推定全長約80mで、幅約14mの広い平坦面をもつ第1段と、第2段からなる。周溝を含めた規模はさらに大きく、周湟外周径は94.8mに達する。6世紀後半に形成された、栃木県南部のしもつけ古墳群を代表する古墳の一つである。埋葬施設は凝灰岩の切石の横穴式石室である。栃木県南部地域に分布する後期古墳群の主墳とされる。出土遺物については保存修理が継続して行われており、令和7年度には須恵器高坏7点の保存修理が実施された。 形象埴輪23点・土器類74点の計97点は平成29年9月15日に重要文化財として正式指定されている。
周辺古墳
栃木県南部には古墳が多数点在する。そのうち大型古墳は摩利支天塚古墳(120m)・琵琶塚古墳(123m)・甲塚古墳(80m)・愛宕塚古墳(78.5m)・山王塚古墳(72m)・丸塚古墳(65m)・吾妻古墳(128m)がある。これらの古墳は、一般に「摩利支天塚古墳(5世紀末)、琵琶塚古墳(6世紀初頭)、吾妻古墳(6世紀後半)、甲塚古墳(6世紀後半)、愛宕塚古墳(6世紀末)、山王塚古墳(7世紀初頭頃)、丸塚古墳(7世紀前半)」の順に築造されたと考えられている(下野市教育委員会(2017))。
調査
1883年(明治16年)・1893年(明治26年)の発掘により、墳丘は十文字に破壊されていた。 下野国分寺跡の史跡整備に伴い下野国分寺跡の史跡整備に伴い、平成16年度(2004年度)に発掘調査が行われ、墳形や埴輪の配置などが調査された。埴輪列の外側にあたる石室西側の基壇面から、須恵器・土師器など360個体以上の土器が集中して出土した。出土状況から、古墳上で行われた葬送・祭祀に伴う儀礼に使用されたものと考えられている。古墳の測量・周濠のトレンチ調査を行い、墳丘は推定全長約80mで、幅約14mの広い平坦面をもつ第1段と、第2段からなる。周溝を含めた規模はさらに大きく、周濠外周径は94.8mに達する。墳丘は第一段に平坦部をもつ、この地域を代表する大型の帆立貝形前方後円墳であることが確認された。前方部前端に凝灰岩の切石を用いた横穴式石室が築かれている。
下野型古墳
典型的な「下野型古墳」である。①墳丘の1段目(基壇)が低く幅が広い、②前方部に横穴式石室がある、③大型の凝灰岩切石を用いた横穴式石室をもつ。広い基壇面(①)は埴輪や須恵器による墓まつりが行われていたゾーンと見られている(下野市教育委員会(2017))。
埴輪
馬形埴輪には女性が横座りする際の足置きが表現される。建物が周溝の南側部分にかかっているため、南側の範囲は確認できていない。埴輪群に4 色(赤・白・黒・灰)の彩色が施されていた。人物埴輪にも彩色が残る。人物埴輪17点、馬形埴輪4点、機織形埴輪2点である。人物埴輪7・8は機織形埴輪にあたり、それ以外の人物埴輪の多くは周溝側(外側)を向いて配置されていた。 国内で初めて確認された、現在も国内唯一の機織形埴輪2点が出土した。2基はいずれも機織りをする女性を表現したもので、一方は地機(じばた)、もう一方は構造の異なる織機を表現している。城紬などの生産で現在も使われる「地機(いざり機)」の構造を古墳時代(6世紀頃)に正確に表した、国内唯一の貴重な資料とされる。6世紀後半における2種類の機織機が存在していたことが明らかになった。2基とも、機織りを行う女性の姿が表現されている。4基の馬形埴輪には白く塗られており、白馬を表していたと推察される。主体部寄りの馬形埴輪1と2は壺鐙、馬鐸、輪鐙、鈴を装着する飾馬であり、後方の馬形埴輪3と4は馬具を表現しない馬形埴輪である。円筒埴輪は、群馬系の貼り付け口縁と低位置突帯のものとされ、群馬西部で出現したものが栃木の主要な古墳に取り入れられた。 なお2004年(平成16年)に埴輪の盗難事件があり、完形に近い良品の埴輪3体だけが夜中に盗まれてしまった。
重要文化財
2017年年9月15日告示により、「栃木県下野市甲塚古墳出土品」は正式に重要文化財に指定された。指定理由は、①我が国唯一の機織形埴輪であること、②彩色を含めてよく残り、特徴的で種類が豊富であること、③位置や向きが明確であり埴輪配列の復元が可能であること、④土器を用いた祭祀行為の復元が可能であること、である。
規模
- 形状 前方後円墳(帆立貝形古墳)
- 築成 前方部:2段、後円部:2段
- 墳長 85m
- 後円部 径径63m 高7.5m
- 前方部 幅56m 高4m
遺構
- 主体部 室・槨 - 横穴式石室(単室)
遺物
- 形象埴輪24基
- 機織形埴輪2基
- 人物埴輪17基
- 盾持ち人1基
- 馬形埴輪4基
- 土器
- 須恵器脚付長頸壺
- 須恵器大甕
築造時期
- 6 世紀後半に築造
被葬者
展示
- しもつけ風土記の丘資料館
指定
- 2017年09月15日 - 国指定 重要文化財(考古・歴史資料)
考察
アクセス等
- 名称:甲塚古墳(下野市)
- 所在地 :栃木県下都賀郡岩舟町大字畳岡
- 交 通 :JR宇都宮線小金井駅から3㎞
参考文献
- (財)とちぎ未来づくり財団埋蔵文化財センタ-(2012)『栃木県埋蔵文化財調査報告343:甲塚古墳』(財)とちぎ未来づくり財団埋蔵文化財センタ-
- 下野市教育委員会(2017)「よみがえる甲塚古墳」
- 中央公論新社編(2024)「歴史と人物18 日本百名墳」
- 栃木県教育委員会(2012)「甲塚古墳」
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