馬絹古墳 ― 2025年03月02日 02:01
馬絹古墳(まぎぬこふん)は神奈川県宮前区馬絹にある7世紀の古墳である。
概要
田園都市線「梶ケ谷駅」の南約1.2kmに位置し、矢上川に沿った台地の縁辺の標高43mの高台にある。 神奈川県宮前区の馬絹神社の裏手にある古墳である。一般的には円墳と考えられているが、実測図によれば円墳はない。八角墳の可能性もある。舒明陵と同じ形式との推定もある。 周囲み幅3.5m、深さ約1.5mの周溝が巡る。葺石があり、西福寺古墳と並んで梶が谷古墳群を代表する古墳である。南武蔵における終末期古墳のひとつである。学術的な価値が高いとされて神奈川県史跡に指定された。
調査
昭和46(1971)年に発掘調査が実施された。墳丘内から持ち送り式の横穴式石室が発見された。石室の全長は約9mと大型であり、横穴式石室は全体が3室に仕切られており、両袖式で、奥室・中室・前室からなる複室構造である。奥の玄室は縦横高さが各3mで、1尺29.6cmの唐尺で作られたものと見られる。唐尺は7世紀中葉に普及したと考えられるので、馬絹古墳は7世紀中葉以後と想定される。盗掘被害を受けたため、副葬品は見つからなかった。玄室から79本の鉄釘が出土したことから、複数の木棺が納められていたと考えられる。墳丘の北側斜面に拳大の河原石で1重、東・南・西側斜面には2重の葺石が敷かれていた。墳丘の築造方法は、北西側では1段、東北・西南側では2段、南東側では3段築成と推定される。ローム土と黒色土のを交互に突き固めた堅固な版築工法により墳丘が築成されている。玄室左側壁に円文があり、鏡石には図柄不明の文様が描かれている。一種の装飾古墳である。石室内の装飾は、古代朝鮮半島の古墳の影響を受けているとみられる。石室は泥石切石による切組積で、天井部に向けて徐々に狭める持ち送り技法を用いる。
規模
- 形状 不明
- 築成 1段から3段
- 径約33m
- 高約6m
外表施設
- 葺石 あり
遺物
- 鉄釘
築造時期
- 7世紀 第三四半期
被葬者
- 影向寺の創建に関わった人物
展示
指定
- 昭和46年12月21日 神奈川県指定史跡
アクセス等
- 名称 :馬絹古墳
- 所在地 : 〒216-0035 神奈川県川崎市宮前区馬絹994-12
- 交 通 :東急田園都市線「宮前平駅」から川崎市バス城11系統「新城駅前」行き、東急バス宮01・02「野川台」行き、「金山」下車、徒歩約5分
参考文献
- 川崎市教育委員会(1978)『川崎市高津市馬絹古墳保存活用計画調査報告書』川崎市教育委員会
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://ancient-history.asablo.jp/blog/2024/05/23/9686504/tb
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。