虺龍文鏡 ― 2026年05月26日 00:33
虺龍文鏡(きりゅうもんきょう)は「虺龍文」を表した中国古代の銅鏡である。
概要
「虺(き)」は中国古代で小蛇・毒蛇・若い龍などを意味し、「虺龍」は角を持たない蛇状の龍を指す。主に中国戦国時代末から前漢時代にかけて製作され、日本でも弥生時代から古墳時代の遺跡・古墳から出土している。
虺龍文鏡は、細線による精緻な文様表現を特徴とする。中央の鈕(ちゅう)の周囲には4個の乳(にゅう)を配置し、その間に逆S字状の文様を配する形式が一般的である。日本では「四虺鏡(しききょう)」とも呼ばれる。国内では約40面前後が知られている。
逆S字状文様については、龍や虎などの動物文様を図案化したものとする説がある一方、岡村秀典(日本の考古学者、京都大学名誉教授)は雲文である可能性を指摘している。また、岡村による漢鏡編年研究は、漢代銅鏡の文様・形態変化を体系化した研究として広く参照されている。
富雄丸山古墳出土の虺龍文鏡は、直径19cm・重量844gの大型鏡である。鈕孔は半円形で、鈕座には四葉文が施され、内区には4個の乳を持つ。富雄丸山古墳は4世紀後半頃の築造とされ、鏡の製作時期である前漢代とは数百年の年代差があり、長期間にわたり伝世した可能性が指摘されている。
現在知られている国内最大級の虺龍文鏡として、明治大学博物館所蔵のA-78鏡(径21.0cm、重量1133g)がある。鈕座には12個の連珠文がめぐり、乳は四葉座を伴う。逆S字文様の上部には龍、下部には鳥文が表現されているとされる。
弥生時代の出土例としては、佐賀県の三津永田遺跡出土鏡が知られる。径9.2cmで、鏡面がやや湾曲する特徴を持つ。また、平原遺跡17号鏡の?龍文鏡は直径約16.5cmで、国宝に指定されている。
出土例
- 虺龍文鏡 - 三津永田遺跡、佐賀県神埼市、弥生時代
- 虺龍文鏡 - 椒古墳、和歌山県有田市、古墳時代、東京国立博物館
- 虺龍文鏡 - 富雄丸山古墳、奈良市、4世紀
- 虺龍文鏡 - 出土地不明、明治大学博物館A-78
- 虺龍文鏡 - 平原王墓、佐賀県、弥生時代
参考文献
- 岡村秀則(1984)「前漢鏡の編年と様式」『史林』第67巻第5号,pp66-772,史学研究会
- 岡村秀則(1993)「後漢鏡の様式」『国立歴史民俗博物館研究報告』第55集,pp.39-83
- 岡村秀則(1999)『三角縁神獣鏡の時代』吉川弘文館
- 岡村秀典(2005)「雲気禽獣紋鏡の研究」『考古論集―川越哲志先生退官記念論文集』,pp.815-830,川越哲志先生退官記念事業会
- 岡村秀則(2017)『鏡が語る古代史』岩波書店
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