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鬼の俎・雪隠古墳 ― 2026年10月16日 00:05

鬼の俎・雪隠古墳/想定復元図

鬼の俎・雪隠古墳(おにのまないた・せっちんこふん)は、奈良県明日香村野口・平田に所在する7世紀後半頃の終末期古墳である。墳丘は大きく失われているが、横口式石槨の床石と蓋石と考えられる「鬼の俎」と「鬼の雪隠」が残る。

概要

「鬼の俎」と「鬼の雪隠」は、現在は数十m離れているが、もとは一つの横口式石槨を構成していた石材と考えられている。「鬼の俎」が石槨の床石、「鬼の雪隠」が蓋石にあたり、墳丘の崩壊・削平などに伴って蓋石が移動し、現在の位置に残ったと考えられている。 「鬼の俎」は長さ約4.5m、幅約2.7m、厚さ約1m、「鬼の雪隠」は内部の幅約1.5m、高さ約1.3mを測る。石槨には角閃石黒雲母石英閃緑岩が用いられている。石槨の内部規模は約2.75m×1.59mと推定され、大化2年(646)のいわゆる薄葬令に示された墓室規模との関連も指摘されている。 また、「鬼の俎」の東方約9mから、これと同様の別の床石が明治10年(1877)頃に発見された。この石は分割されて民家の庭石などに転用されていたが、のちに回収され、現在は奈良県立橿原考古学研究所附属博物館で屋外展示されている。このことから、鬼の俎・雪隠古墳は、二つの横口式石槨を一つの墳丘に納めた古墳であった可能性が指摘されている。 「鬼の俎」と「鬼の雪隠」は、宮内庁によって梅山古墳(欽明大王の墓とされ、現在は欽明天皇陵に治定されている古墳)の陪塚に治定されている。梅山古墳、カナヅカ古墳、鬼の俎・雪隠古墳、野口王墓古墳(天武・持統天皇陵)は、明日香村の東西方向に近接して分布している。こうした古墳の配置については、飛鳥の王墓域や王統との関係からも論じられている。

調査

西光慎治(2002)は、地籍図や墳丘規格などの検討から、鬼の俎・雪隠古墳を二段築成の長方形墳と推定し、墳丘規模を東西約35.4m(120尺)、南北約20.7m(70尺)、高さ約5mと復元している。 また西光慎治(2002)は鬼の俎・雪隠古墳を二段築成の長方形墳と復元案を示している。すると、復元案では一つの墳丘に二つの石槨の図を作成できる。

築造年代

広瀬和雄(1998)は築造年代を横口式石槨5期(680年から700年)のC型に位置づけている。西光慎治(2002)は、鬼の俎・雪隠古墳の調査は実施されていないため断定できないとしながらも、羨道がなく、羨道が退化したⅠ-b類と考え、石宝殿古墳よりやや遅れる7世紀第三四半期と想定している。両者の年代観には差があり、築造年代についてはなお検討の余地がある。

被葬者

被葬者は明らかになっていない。西光慎治(2002)は、古墳の規模・構造や周辺の王墓との関係などから、鬼の俎・雪隠古墳を斉明天皇と建王の初葬墓とする説を提示している。一方、被葬者については確定しておらず、現在も複数の説がある。

歴史

「鬼の俎」と「鬼の雪隠」は江戸時代にはすでに知られていた。林宗甫の『和州旧跡幽考』(1681年〔延宝9年〕)には、野口王墓古墳の西に「鬼の魚板」および「鬼の雪隠」と呼ばれる石があったことが記されている。 『大養徳國山陵記録』(1697年〔元禄10年〕)にも、これらの石に関する記録がある。東側にあった古墳の俎の部分は明治時代に、個人の屋敷の庭石として使用されていたものが発見されており、1889年(明治22年)には、「鬼の雪隠」を分割して持ち帰ろうとする計画があったが、宮内省から梅山古墳(欽明大王墓とされ、当時は欽明天皇陵に治定されていた)の陪塚として保護する旨の中止命令が出され、破壊を免れた。の屋外に展示されている。鬼の俎2号墳(亀田(1988)) あるいは鬼の俎・雪隠東古墳(関川(1999))と呼ばれている。1889年(明治22年)に同様に鬼の雪隠を分割して持ち帰ろうとしたところ、宮内省から欽明大王檜隈坂合陵(梅山古墳)の陪塚であることから中止命令が出されて中止され、それ以上の破壊を免れた(辰巳俊輔(2018))。 ウィリアム・ゴーランドは1872年から1888年の間に、飛鳥地域で鬼の俎・雪隠古墳の写真撮影や測量を行い、その記録が残されている(ハリス・後藤編(2003))。特に古墳の石室のプラン(平面図)や断面図を精密に測量し、当時の最新技術の写真機で記録を残した。調査図面、測量資料、写真は大英博物館に保存されている。

遺構

  • 長方形墳と推定される墳丘
  • 二段築成とする墳丘復元案
  • 横口式石槨
  • 床石(鬼の俎)
  • 蓋石(鬼の雪隠)
  • 東側から発見された別の床石
  • 二つの石槨をもつ古墳とする復元案

遺物

  • 本格的な発掘調査が実施されておらず、出土遺物についての情報は乏しい。

展示

  • 現地に展示施設はない。東側から発見された別の床石は、奈良県立橿原考古学研究所附属博物館で屋外展示されている。

陵墓関係

  • 宮内庁は欽明天皇陵(梅山古墳)の陪塚として治定(「は号」)(正確には欽明大王)

アクセス等 

  • 名称  :鬼の俎・雪隠古墳
  • 所在地 : 奈良県高市郡明日香村野口・平田
  • 交 通 : 近鉄吉野線「飛鳥駅」から950m(徒歩約15分)

参考文献

  1. ヴィクター・ハリス、後藤和雄編(2003)『ガウランド 日本考古学の父』朝日新聞社
  2. 西光慎治(2002)「今城谷の合葬墓」明日香村文化財調査研究紀要 2,pp.1-32
  3. 辰巳俊輔(2018)「飛鳥地域における古墳研究の軌跡(上)」明日香村文化財調査研究紀要 17,pp.23-49
  4. 広瀬和雄(1998)「横口式石槨の変遷」『河内飛鳥と終末期古墳』吉川弘文館