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白保竿根田原洞穴遺跡2025年07月20日 00:44

白保竿根田原洞穴遺跡(しらほさおねたばるどうけついせき)は沖縄県石垣市にある旧石器時代の遺跡である。

概要

石垣島の東側に位置し、海岸から約800m内陸部の標高30~40m地点に位置する遺跡である。石器時代の化石人骨の破片が約 1100 点、約 20 人分が出土した。下部に古生代のトムル層・名蔵礫層が広がり、その上部に琉球石灰岩が堆積し、長い年月をかけて隙間を通過する水が少しずつ琉球石灰岩を溶かして洞穴が形成される。遺跡からは土器や石器、陶磁器などの人工遺物が少量と、人骨やイノシシ、ネコ、ネズミなどの動物骨が多数出土した。この堆積層の年代を把握するため、出土した人骨や動物骨、木炭などの年代を測定したところ、約20,000年前~約500年前までの複数時期が存在することが判明した。墓地として日本国内最古の事例である。

現状

現在の遺跡の面積は約200㎡で、その周辺を含め約2, 500㎡が空港北西側の浸透池内にフェンスで囲われ、浮島状に残され新石垣空港滑走路北側内に現地保存されている。

調査

2010年8月から11月までの4ヶ月間に、新石垣空港建設に伴う緊急発掘調査が実施された(第1次調査)。調査中で様々な分析が並行して行われ、八重山諸島初の旧石器時代人骨の出土など重要な成果が得られた。主な時代は旧石器 完新世初頭 下田原木 無土器期 中森期である。

DNA解析

白保竿根田原洞穴人の身長は港川人の153cmより高い160cmの人骨が含まれている。人骨中でM7aのハプログループをもつものは3体あった。篠田謙一(2019)によれば、日本人以外ではほとんど見られないハプログループである。M7aのハプログループは縄文人に多く見られ、南方から日本列島に渡来し、縄文人になったグループとみられる。M7aは2万2千年前に成立したので、旧石器時代のグループとみられる(篠田謙一(2019))。 1体はハプログループB4であった。これは中国南部や東南アジア起源である。白保人骨の人々は東南アジアから舟に乗ってやってきた人と推測される。現代日本人と繋がる人骨と言えるのではないか。

遺構

  • 礫敷遺構
  • 炉跡

遺物

  • 人骨
  • イノシシ骨
  • ネコ骨
  • ネズミ骨
  • 石器
  • 石器石材

指定

  • 令和2年3月10日 国指定史跡

展示

  • 沖縄県立埋蔵文化財センター

考察

旧石器時代の人骨のDNA解析例はかなり少ない。これは日本の土壌が酸性土のためである。白保竿根田原洞穴遺跡の立地する石垣島は珊瑚礁が隆起した島なので、アルカリ性の土壌である。そのため人骨が残ったのであろう。サンゴ礁由来の石灰岩がアルカリ性を示し、骨の保存に適している。港川遺跡で発見された人骨も、本土の酸性土壌では失われやすい骨が良好な状態で残った。本州でもアルカリ性の土壌の旧石器時代の遺跡があれば、人骨が残っている可能性がある。M7aのハプログループは現代日本人にも伝わっている。つまり、白保竿根田原洞穴遺跡の人々は、日本人の先祖のグループのひとつといえるのではなかろうか。

アクセス等

  • 名称 : 白保竿根田原洞穴遺跡
  • 所在地: 沖縄県石垣市字白保
  • 交通 :

参考文献

  1. 沖縄県立埋蔵文化財センター(2013)「白保竿根田原洞穴遺跡 講演会資料集」
  2. 篠田謙一(2019)『日本人になった祖先たち』NHK出版

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