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八木上遺跡2026年03月18日 00:20

八木上遺跡(ばちぎうえいせき)は埼玉県狭山市に所在する入間川中流域左岸の河岸段丘に形成された段丘上に位置する遺跡である。

概要

西武池袋線仏子駅の北東約1.5kmに位置し、入間川左岸の最上位段丘面を含む三段の河岸段丘面上に立地する。これまで8回の発掘調査により旧石器時代、縄文時代、平安時代、中世、近世の遺構が見つかっている。周辺には古墳時代後期の笹井古墳群が所在する。 第2次調査から第5次調査は、「平成2年度から平成4年度にかけて断続的に実施された。縄文前期の竪穴住居跡6軒、土坑119基等が検出された。また、上位段丘面では縄文時代前期最終末の遺構と十三菩提式段階の土器の分布が特定範囲に集中して分布することが確認された。

居住域の移動の可能性

中位段丘面では、縄文時代前期の土器は黒浜式土器が主体であること。下位段丘面では、遺物の全体量は少ないが、諸磯c式土器が主体を占めることが判明した。段丘ごとに異なる土器様式が分布することから、立地の変遷(居住域の移動)を示す可能性がある。黒浜式、諸磯C式、十三菩提式はいずれも縄文時代前期の編年指標であり、地域的には関東地方南西部の標準編年である。関東地方縄文前期編年における段階差を示すと見られる。

段丘上の農地利用

第6次調査は、平成18年6月1日から平成18年11月30日まで実施された。縄文時代前期後葉の竪穴住居跡2軒、縄文時代前期の集石土坑5基、土坑26基、近世以降の土坑304基、溝跡46条、性格不明遺構3基、ピット30基が検出された。竪穴住居の数からすると比較的規模の大きい前期集落で、集石土坑の存在は加熱調理・祭祀の可能性を示す。土坑304基・溝跡46条はかなり多いため、耕作関連遺構(畑・溝)の可能性があり、段丘上の農地利用の継続性が考えられる。 第7次調査は令和5年11月~令和6年3月で行われ、縄文時代の集石土坑、奈良・平安時代の住居跡、掘立柱建物跡、溝跡、近世の溝跡、畠跡などが発見された。奈良・平安期の集落再利用が想定される。 第8次調査は令和7年4月1日~令和8年3月31日で行われ、縄文時代前期末葉の竪穴住居跡から縄文土器や石器などが発見された。一辺4mのやや小型の縄文時代前期の住居跡で掘り込みが浅く、炉跡もあまり焼けていないため居住期間は短いと判断される。

まとめ

本遺跡は、三段の河岸段丘上に縄文時代前期の異なる時期の遺構・遺物が分布する点に特徴があり、段丘利用の変遷および関東地方縄文前期編年の地域的様相を検討する上で重要な資料を提供する。

遺構

  • 縄文時代
  • 集石土坑
  • 土坑
  • 竪穴建物2
  • 集石土坑5
  • 土坑26

遺物

  • 縄文土器
  • 石器
  • 炭化クルミ

築造時期

被葬者

指定

展示保管

アクセス等

  • 名称:八木上遺跡
  • 所在地:埼玉県狭山市狭山市笹井2446番地
  • 交通:西武池袋線仏子駅の北東約1.5km。

参考文献

  1. 公益財団法人埼玉県埋蔵文化財調査事業団(2007)『埼玉県埋蔵文化財調査事業団報告書347:八木上遺跡Ⅲ』公益財団法人埼玉県埋蔵文化財調査事業団

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