跡部遺跡 ― 2026年05月04日 11:15
跡部遺跡(あとべいせき)は、大阪府八尾市に所在する、弥生時代前期から古墳時代前期、さらに古代・中世に至るまで継続して営まれた複合遺跡である。
概要
跡部遺跡は八尾市北部に位置し、北を長瀬川、南を平野川に挟まれた、旧大和川流域の低湿地帯に立地する。周辺は古くから水運や農耕に適した環境であり、弥生時代以降の集落形成に好適な条件を備えていた。
遺跡の中心は東部にあり、遺構の分布密度が高い地域である。一方、西部は比較的遺構が少ない地域とされる。発掘調査により、弥生時代から古墳時代前期、さらに奈良時代・中世に至るまでの連続した生活痕跡が確認されている。
主な遺構・遺物
弥生時代の集落は、複数の環濠(溝)によって囲まれていたことが確認されており、防御的性格や集落構造を示す重要な成果である(1993年〔平成5年〕の調査)。 また、1994年〔平成6年〕の調査では弥生時代中期の大規模な溝、1996年の調査では奈良時代の井戸が検出されている。1989年(平成元年)の出土遺物は銅鐸のほか、、小型壺、直口壺、複合口縁壺、長胴壺、手焙形土器、高杯、鼓形器台、小型器台、小型鉢、大型鉢、甕、台付甕、鉢があり、溝を伴う遺構の南東部に集積された土器は小型壺、鉢、高杯、台付鉢、甕である。弥生時代の終末期の広口壺が見られる。土器のほかにサヌカイト石器未成品と加工痕のある剥片が検出されている。
銅鐸の出土とその意義
跡部遺跡および周辺地域では、弥生時代の青銅器である銅鐸の発見が相次いでいる。
1921年(大正10年)には、八尾市恩地の垣内山で流水文銅鐸が発見され、現在は東京国立博物館に所蔵されている。、鐸全高44.5cm、鉦高12cm、鐸身紋様は横帯流水紋であるが、胴の上部と中部に複合直線紋帯があり、流水紋を上下に三分する。これは春日町出土のものと異なり、二区流水紋銅鐸といわれている。A面の下方鋸歯紋帝の下辺に魚が4匹泳いでいる様子を表し、B面には鹿が3頭1列に並んでいる姿を描いている。 さらに1949年(昭和24年)には近隣の都塚山から袈裟襷文銅鐸が出土している。鐸全高 39cm、鉦高10cmで大阪府文化財に指定されている。
特に重要なのが、1989年(平成元年)に八尾市春日町一丁目で発見された流水文銅鐸である。1989年(平成元年)10月17日から機械掘りの後の整地を行ったところ、古墳時代の土器片が現れ、10月24日に銅鐸の鰭が直立しているところを発見した。銅鐸は鰭を上下に直立した状態で、鉦を南東方向にむけて埋納されていた。埋納坑はは一辺1.4mの隅九方形で、深さは40~ 50cmであった。一辺1.4mの隅九方形の埋納坑が南東方向に掘られており、南東方向の中央部に粘土床がつくられ、そこに銅鐸が鰭を直立して鈕を南東方向に向けて丁重に埋納されていた。 この銅鐸は、低湿地において土坑内に埋納された状態で発見された全国初の事例として注目される。発掘調査により、銅鐸は約1.4メートル四方の穴の中に丁寧に埋められていたことが確認された。また、銅鐸内部の土壌が周囲と異なることも判明しており、埋納行為の意図性が指摘されている。この銅鐸は八尾市指定文化財に指定されている。
銅鐸の形状は扁平紐式で、全高46.65cm、鈕高13.65cm、重量約4.7kgを測る。鐸身には五条の突線による流水文が全面に施され、外縁には鋸歯文帯・連続渦文帯・斜線文帯が巡る。さらに菱環には綾杉文、紐外側には双頭渦文の飾耳が付されるなど、精緻な装飾が特徴である。最終仕上げとして研磨が施されている点も注目される。部分的に補鋳が見られる。
歴史的評価
跡部遺跡は、『日本書紀』にみえる「阿都(あと)」の地名と関連づけられることから、古代豪族である物部氏の本拠地の一角であった可能性が指摘されている。実際に6世紀の遺構・遺物も確認されており、古代国家形成期における地域拠点としての性格を有していたと考えられる。
総合評価
跡部遺跡は、弥生時代の環濠集落から古代・中世に至る長期的な土地利用の変遷を示す重要遺跡である。とりわけ銅鐸の出土状況は、弥生時代の祭祀や埋納儀礼の実態を考える上で極めて貴重であり、河内地域における社会構造や信仰の解明に大きく寄与している。
遺物
- 直口壺破片 弥生時代
- 小型壺
- 加飾壺
- 広口壺
- 長胴壺
- 高坏
- 鼓型器台
- 小型鉢
- 大型鉢
- 甕
- 木製品
指定
時期
展示
- 八尾市立歴史民俗資料館*アクセス
- 名称:跡部遺跡
- 所在地:大阪府八尾市東太子1丁目6-12(竜華小学校内)
- 交 通:JR「久宝寺」駅から徒歩約14分/近鉄バス「植松」から徒歩4分
参考文献
- 「銅鐸(八尾市指定文化財)(跡部遺跡出土)」八尾市立歴史民俗資料館
- 大阪府教育委員会(2002)『跡部遺跡』大阪府埋蔵文化財調査報告2001-6
- 八尾市文化財調査会(1991)「跡部遺跡発掘調査報告書」八尾市文化財調査研究会報告31
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