番後台遺跡 ― 2026年08月30日 00:05
番後台遺跡(ばんごだいいせき)は千葉県市原市の養老川中流域の高滝湖北岸の台地に所在する縄文時代中期から古墳時代にかけての遺構が確認されているが、特に弥生時代後期から古墳時代にかけて集落が発達した遺跡である。
概要
昭和51年度に千葉県教育委員会が実施した、県内各市町村埋蔵文化財分布調査で発見された遺跡である。養老川の蛇行により囲まれた約0.6km×0.75km程度の三角形状を呈する台地の東の最上部に位置する。現在の高滝湖の北岸にあたり、養老川が蛇行して形成した三角形状の台地上に位置する。養老川総合開発高滝ダム建設工事に際して発掘調査が行われた。発掘調査は昭和54年4月2日から同年12月27日までと、昭和55年3月1日から同年7月31日にかけて実施された。昭和54年4月2日から昭和54年6月27日までトレンチ発掘を行い、昭和54年6月28日から本調査に移行した。 竪穴住居跡は合計130基が見つかった。縄文時代中期の住居跡は1基、弥生時代中期は1基、弥生時代後期は29基、古墳時代は99基である。弥生時代後期には集落が形成され、古墳時代には住居跡99基が確認されるなど、集落が大きく展開した。墓の形式は、弥生時代の方形周溝墓(方形周溝遺構)2基が確認されている。被葬者は当時の有力者層であった可能性がある。 弥生時代後期の竪穴住居跡から板状鉄斧が出土した。東海地方以西に分布する櫛描文様をもつ土器が確認されており、西方地域との文化的交流や影響を示すものと考えられる。
遺物
縄文時代中期
竪穴住居跡1基は直径約4.8mの円形で、住居跡の中央部から、床面に密着した状態で深鉢土器が出土した。下部は失われているが上部は完形である。口縁部には横S字状に延びる沈線が見られる。器面には縄文や燃糸文を地文として施し、胴部には3本を1組とする縦方向の沈線と、その間に螺旋状の沈線文が施されている。
弥生時代
002A号住居跡は長軸10.9m、短軸9.5mの胴張隅丸方形で壺、甕、船刃石斧(長さ13.4cm 、刃幅6.7cm)、鉄製品(長さ6.8cm、刃幅3.0cm、厚さ5.5cm、重量71g)が採取された(千葉県文化財センター(1982))。 弥生時代後期の004号住居跡は約9.0 × 7.0 mの隅丸長方形で、土器、鉄器、板状鉄斧(長さ12.35cm、刃幅6.0cm 、重量272gをはかる)や磨製石斧などが出土した。
調査
アクセス等
- 名称:番後台遺跡
- 所在地:千葉県市原市養老字番後台北方
- 交通:小湊鉄道「月崎駅」から約3km-4km
参考文献
- 千葉県文化財センター(1982)『市原市番後台遺跡・神明台遺跡』
- 千葉県企画部広報県民課(1983)『千葉県の歴史 資料編考古2』千葉県
最近のコメント