下ツ道 ― 2024年06月28日 00:18
下ツ道(しもつみち)は奈良盆地の東側をを南北に走る古道である。
概要
古代の奈良盆地には、上ツ道、中ツ道、下ツ道と呼ばれる3本の直線道がほぼ等間隔で南北に縦断していた。3本のうち最も西側の道路が下ツ道である。672年の壬申の乱で大海人皇子軍は上ッ道、中ッ道、下ッ道にそれぞれ軍を配した。 奈良盆地に見られる方位に則った整然とした水田区画は、下ツ道を基準につくられた。奈良時代には平城京内で中央を走る朱雀大路につながった。下ツ奈良盆地の条里地割を東西に分ける基準になっている。 室町時代は別名「高野街道」と呼ばれており、高野山への参詣道としての役割を強めた。 江戸時代には「中街道」と呼び名を変えて、一部、路線変更が行われた。
経路
南端は橿原市五条野丸山古墳、北端は平城宮太極殿付近で、総延長は約26kmである。
設置時期
下ツ道の発掘調査事例は多い。奈良県立橿原考古学研究所(2019)、奈良県立橿原考古学研究所(2010)などである。平城京の発掘調査で朱雀門の真下から下ツ道の跡とがみつかっている。左右両側の側溝中心の距離は23mを超える。平城京左京三条一坊四坪の調査で下ツ道の東側溝がみつかり、その底から須恵器の杯蓋が発見された。6世紀後半から7世紀初頭と見られる。これは下ツ道の設置時期を示すとみられる。和田萃(2006)「奈良盆地を南北に縦走する古道、上ツ道・中ツ道・下ツ道が敷設された時期も、和田萃は私見と断った上で、孝徳朝末年(654)~斉明朝初年(655)のことであったとする。和田萃は、飛鳥において方位に則った地割りが形成されるのは7世紀中頃であり、それ以前に南北直線道路がつくられたとは考えがたいとの理由を挙げる。
蘇我稲目説
近江俊秀(2012)は下ツ道の起点が見瀬丸山古墳(五条野丸山古墳)であることから、この古墳の被葬者が奈良盆地の直線道路の建設者と、主張する。候補者は2名、すなわち欽明大王、蘇我稲目である。小沢毅は蘇我稲目蘇我稲目説を強く主張する。その理由は次の通り。
- (1)欽明大王は「檜隅坂合陵」とされるが、五条野丸山古墳は「軽」とその近接地にあり、檜隅の範囲ではない。
- (2)「檜隅坂合陵」に石を葺いたとする記述があるが、見瀬丸山古墳の発掘調査ではその形跡がない。
- (3)欽明大王陵とされる「梅山古墳」は江戸時代の記録によれば砂礫で覆われていた。
- (4)見瀬丸山古墳は蘇我氏の本拠地にある。
- (5)南北3道上・中・下ツ道は見瀬丸山古墳を基準に設定されている。
歴史的意義
古代の都市計画により設置された幹線道路で、重要な歴史的意義がある。 三道の歴史的意義が確認されたのは、1966年藤原京の発掘調査であった。岸俊夫は上ツ道、中ツ道、下ツ道と横大路、古代の山田道などを用いて、藤原京の京城を復元した。平城京との関係も示した。これは日本古代の都城制研究に大きな影響を与えた。
日本書紀
日本書紀 卷第廿八 天武
- 辛亥、將軍吹負、既定倭地、便越大坂往難波。以餘別將軍等、各自三道進至于山前屯河南。即將軍吹負、留難波小郡而仰以西諸國司等、令進官鑰・驛鈴・傳印。
- (大意)将軍吹負は、の地を平定し、大坂を越え難波に向かった。そのほかの別将たちは、三道(上道・中道・下道)をそれぞれ進んで山前(やまさき)に着き、川(淀川)の南に集結した。吹負は難波にとどまり、以西の諸国の国司たちに命じて官鑰や駅鈴・伝印(駅馬・伝馬を利用する際に用いる)を進上させた。
巻第廿五 孝德大王
- (白雉四年)六月、百濟・新羅遣使貢調獻物。修治處々大道。
万葉集
考察
『日本書紀』653年(白雉四年)記事に「ところどころに大道を修治」したと書かれる。これは発掘調査による「6世紀後半から7世紀初頭」推定より後であるが、おおむね整合する。672年の壬申の乱より前なので、653年を道路築造時期としても矛盾はない。
参考文献
- 佐竹昭広・山田英雄他(2013)『万葉集(一)』岩波書店
- 坂本太郎, 井上光貞,家永三郎,大野晋 (1994)『日本書紀』岩波書店
- 奈良県立橿原考古学研究所(2019)「郡山下ッ道ジャンクション建設に伴う遺跡調査報告書」奈良県立橿原考古学研究所調査報告第179冊
- 近江俊秀(2012)「道が語る日本古代史」朝日新聞出版
- 小沢毅(2002)「三道の設定と五条野丸山古墳」『文化財論叢Ⅲ』
- 奈良県立橿原考古学研究所(2010)「平城京朱雀大路・下ツ道」奈良県文化財調査報告第136集
- 独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所(2004)「中央区朝堂院の調査 平城第367次調査」
- 和田萃(2006)「新城と大藤原京――万葉歌の歴史的背景――」萬葉196、萬葉学会
- 近江俊秀(2009)「下ツ道(5)-下ツ道敷設時期をめぐる研究」両槻会 遊訪文庫
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