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白峠山古墳2026年05月08日 00:37

白峠山古墳(しらとうげやまこふん)は、大阪府泉南郡岬町淡輪の独立丘陵上に位置する円墳である。

概要

真鍋山古墳の西約200mの小丘陵上に位置する古墳時代後期(6世紀頃)の円墳である。1967年、帝塚山大学の堅田直により調査された。 丘陵頂部にあった国民宿舎の給水塔工事に伴い発見された。 直径20から30m程度の円墳と推定される。内部主体は和泉砂岩の割石を用いた両袖式の横穴式石室である。玄門に閾石を備える点は、紀ノ川流域の横穴式石室との共通性が指摘されている。石室は調査後に復元保存された。

石室全長は約6mで、玄室は長さ2.72m・幅2.07m、羨道は長さ3.30m・幅0.9〜0.95mを測る。 副葬品は耳環、緑泥片岩製の勾玉、メノウ製勾玉、丸玉、ガラス小玉、琥珀製棗玉、水晶製切子玉、須恵器、鋺状鉄塊(製鉄原料あるいは鍛冶関連遺物)が出土した。出土須恵器や副葬品の特徴から、6世紀中葉から後葉の築造と考えられている。

大阪府岬町にある白峠山(しらとうげやま)古墳は、6世紀後半の築造とされる円墳であり、以下の理由から、当時の海上交通や地域交通(紀伊から堺への航路)と深く関連している可能性が高いと考えられている。

1. 海上交通の要衝に立地「海路の中間地点」

白峠山古墳は、紀伊国(和歌山)から大和政権の中枢である堺・百舌鳥エリアへつながる海上交通路に近接する丘陵上に立地している。岬町淡輪の地域は古代の海上交通の要衝とされる。

2. 埋葬施設と出土品に見る外部との交流紀ノ川流域の影響

埋葬施設(横穴式石室)の構造には、紀ノ川流域の古墳の影響が見られる。1967年の調査では、須恵器や勾玉(瑪瑙・緑泥石)、金銅環、鉄塊などが出土しており、これらの副葬品は、当時の高度な交易能力や、朝鮮半島からの渡来文化との関連を示唆する。

3. 海人・水軍的な性格「海人」との関連

近隣の淡輪別所遺跡などを含め、この地域は海人(あま)系の豪族が支配していた可能性が指摘されており、海上交易や漁業、水軍的な役割を担っていた一族の長が被葬者である可能性が高い

遺物

  • 須恵器
  • 勾玉(瑪瑙・緑泥石)
  • 金銅環
  • 鉄塊

指定

  • 1972年3月31日 大阪府指定史跡

展示

アクセス等

  • 名称  :白峠山古墳
  • 所在地 : 大阪府泉南郡岬町淡輪5750
  • 交 通 :南海本線 みさき公園駅から徒歩5分

参考文献

  1. 堅田直(1968)『大阪府岬町白峠山古墳調査概要』帝塚山大学考古学教室