城2号墳 ― 2026年05月09日 01:07
城2号墳(じょうにごうふん)は、熊本県宇土市に所在する5世紀前半の円墳である。 旧称は「城の本古墳」であるが、2010年の整備に伴って名称変更された。
概要
網田平野の北縁、南西方向に延びる帯状の標高20mの丘陵に立地する。中世の田平城の築城、国鉄三角線・国道57 号線の開削、ミカン園造成などに起因して墳丘の改変が著しい。調査は昭和53年12月28日から、翌昭和54年12月16日までの1年間のうちの12日間であった。周溝・埴輪は確認できなかった。
直径約20~25m、高さ推定3mの円墳と考えられているが、墳丘の改変が著しいため、明確にはわかっていない。墳形の確定には至っていないが、残存状況から円墳と推定されている。頂部はかなり平坦化され、天井石の一部が地表に露出していた。石室は盗掘や自然崩落による変形を受けていた。
埋葬施設は主軸方位を南西にとり、南西方向に開口する竪穴系横口式石室である。玄室の規模は主軸の長さ261cm、右壁長258cm、左壁長247cm、奥壁幅161 cm、前壁幅155cmを計る。玄室左壁に沿って、大小2枚の板石による石障(石室内部を区画する板石)を設けている。九州地方に特徴的な竪穴系横口式石室を採用しており、九州における横穴式石室導入期の最古級の事例とされている。
出土品は滑石製小玉10、滑石製管玉10、石製模造品として滑石製琴柱形石製品2、鉄剣1、鉄鏃4、鉄斧1、土師器片3、鉄釘4が出土した。左屍床から鉄剣1・刀子1、鎌とみられる鉄製品1、鉄斧1が出土した。鉄斧は小形の有袋式無肩揆形鉄斧で内部に木質が残る。滑石製琴柱形石製品は恵解山型である。恵解山型滑石製琴柱形石製品は、古墳時代前期から中期(4~5世紀)にかけて、主に近畿地方を中心に製作された石製模造品をいう。素材は素材に滑石を使用し、形状は楽器の「琴柱」に似た形をしている。名称の由来は恵解山古墳(京都府長岡京市)などの調査で特徴的な型式として見つかったことに由来している。主に近畿地方の古墳から多く出土しているが、九州地方では出土例が少ない(福岡県七夕池古墳などでは確認されている)。
琴柱形石製品や、刀子、斧、紡錘車などを模した石製品は、女性的性格をもつ被葬者が想定される古墳や畿内政権とつながりのある有力豪族の墓から出土することが多い。ヤマト王権や畿内勢力との政治的・祭祀的ネットワークの存在を示唆している。武器類(鉄剣・鉄鏃)、農工具(鉄斧)と石製模造品が共存している点は地域首長層の性格や祭祀性を示している。
石室は床面から天井まで安山岩の割石を小口積みして構築されており、九州中部にみられる石室構築技術を示している。九州中部にみられる石室構築技術を示している。築造は5世紀前半とみられる。
遺物
指定
- 昭和42年5月30日 熊本県宇土市指定史跡
展示
アクセス等
- 名称 :城2号墳
- 所在地 : 熊本県宇土市上網田町
- 交 通 :九州旅客鉄道(JR九州)三角線網田駅から徒歩18分
参考文献
- 城2号墳発掘調査団(1981)『宇土市埋蔵文化財調査報告書3:城2号墳』宇土市教育委員会
獅子塚古墳 (福井県) ― 2026年05月09日 20:10
獅子塚古墳 (福井県)(ししづかこふん)は福井県三方郡美浜町に所在する古墳時代後期(6世紀頃)の前方後円墳である。三方郡では唯一の前方後円墳として知られる。
概要
赤坂山を水源として美浜町中央部を流れる耳川左岸の河岸段丘上に立地する。墳丘は後世の改変を受けており、特に前方部は明治時代に削平されたため、本来の形状の一部が失われている。6世紀前葉の築造と考えられている。
1897年(明治30年)、開墾中に遺物が発見されたことにより古墳の存在が知られるようになった。その後、帝室博物館、若林勝邦、美浜町教育委員会、若狭考古学研究会などによって複数回の発掘調査が実施された。出土した副葬品の多くは現在、ほとんどが東京国立博物館に所蔵されている。その後、昭和53年に調査されている。
出土遺物には、石室内から須恵器、馬具、鉄製の武器・武具、農工具(鎌・斧・トングなど)や、勾玉や管玉、ガラス玉などがあり、装飾付脚付壺、筒形器台(口径15.8cm、器高79.5cm)、高坏、はそう(𤭯)、杯、角杯形土器などの土器類のほか、鉄斧、鉄鏃、長刀、鹿角製柄頭をもつナイフ、銅製三鈴、鍛冶関連工具が含まれる。これらは当時の武器体系、生産活動、祭祀、馬利用を知る上で重要な資料である。装飾付脚付壺は壺の肩部に横向きに3頭、縦向きに3頭の動物が取り付けられている。
埋葬施設は後円部中央に築かれた九州北部系の横穴式石室であり、南に開口する。石室全長は約6mを測る。特徴として、石を内側へ張り出す「持ち送り」構造が顕著であること、玄室全面が赤色顔料で塗られていること、羨道部が短く墳丘内に収まること、大小不同の石材の間に小石を充填する構築法が用いられていることが挙げられる。これらは北部九州地域の横穴式石室との強い関連性を示している。被葬者は耳川流域を治めた豪族の古墳と考えられている。
また、獅子塚古墳に供給された土器を焼成したと考えられる窯跡が近隣山腹で確認されており、古墳造営と地域生産体制との関係を示す資料として注目されている。
規模
- 形状 前方後円墳
- 墳長 推定32.5m
- 後円部径 推定径17m 高3.5m
- 前方部 幅推定15m 長推定15.5m 高現存1.6m
- 円筒埴輪 円筒Ⅴ式
- 葺石 あり
遺構
- 室・槨
- 横穴式石室(北部九州系)
遺物
- 碧玉管玉4
- メノウ勾玉2
- ガラス小玉25
- 水晶勾玉2
- 水晶管玉7
- 鉄剣 1(鹿角装
- 鉄鏃 細身 若干
- 刀子(鹿角装) 若干
- 曲刃鎌残片
- 鉄斧残片
- 金鉗残片
- 轡残片2
- 須恵器
- 筒型器台1
- 装飾付長頸壺2・
- 角杯形土器2・
- 無蓋高坏2
- はそう1
- その他短頸壺杯身
- 杯蓋数個、
- 長頸壺1(MT15)
築造
- 6世紀前葉
指定
- 2020年(令和2年)3月27日 美浜町指定史跡
展示
- 東京国立博物館
アクセス
- 名称:獅子塚古墳
- 所在地: 福井県三方郡美浜町郷市13号横田14番1
- 交通: JR小浜線 美浜駅から徒歩5分
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