Bing
PVアクセスランキング にほんブログ村

上総国文尼寺2026年05月13日 00:05

上総国文尼寺(復元)

上総国文尼寺(かずさこくぶんにじ)は千葉県市原市に所在する奈良時代の国分尼寺跡である。国指定史跡「上総国分寺跡附尼寺跡」の一部として保存されている。

概要

741年(天平13年)、聖武天皇は国家鎮護を目的として、全国の諸国に国分寺と国分尼寺の建立を命じた。正式には僧寺を「金光明四天王護国之寺」、尼寺を「法華滅罪之寺」と称し、地方における仏教政策の中心施設として整備された。国分尼寺跡を示す墨書土器(「法花寺」)が出土しているため、比定には問題は無いと見られる。

上総国分尼寺は、全国に建立された国分尼寺の中でも特に規模が大きい寺院のひとつで、広大な寺域を有していた。寺域は約12万平方メートルに及び、上総国分寺とともに上総国の宗教・文化・政治の中心的役割を担ったと考えられている。

発掘調査によって、主要伽藍だけでなく、尼僧たちの日常生活や寺院運営を支えた多様な施設の存在が確認されている。主な施設として、尼僧の生活空間である尼坊、事務を執った政所院、建物修理や金属加工を行った修理院・工房、薬草や花木を育てた薗院・花苑院、雑役に従事した人々の居住施設とみられる賤院などがある。

これまでの調査では、南大門、中門、回廊、金堂、講堂、経蔵、鐘楼、北門、校倉などの建物跡が確認されている。伽藍配置が比較的良好に判明したことから、古代寺院研究における重要遺跡として評価されている。

現在、遺跡の一部では中門と回廊が奈良時代の建築技法をもとに復元されている。回廊には樹齢100年以上の木曽檜が使用され、強度が必要な部分にはケヤキ、耐水性が求められる部分にはヒバが用いられている。柱は直径約30センチのものが96本並び、古代寺院建築の規模を体感できる構造となっている。

また、基壇には瓦を積み上げて土の崩落を防ぐ工法が採用され、表面には「甎(せん)」と呼ばれる瓦質の敷材が使用された。回廊では8,833枚、金堂では3,622枚の甎が用いられ、奈良時代の高度な建築技術を示している。

復元施設は、発掘された遺構の位置にあわせて原寸大で整備されており、古代の寺院建築や国分寺制度を学ぶことのできる歴史公園として活用されている。

展示

  • 上総国文尼寺展示館

アクセス等

  • 名称:上総国文尼寺
  • 所在地:千葉県市原市国分寺台中央3-5-2
  • 交通: JR内房線五井駅東口より小湊鉄道バス国分寺台行き・山倉こどもの国行き等にて「市原市役所」下車、徒歩10分

参考文献

  1. 南木睦彦・辻誠一郎(1996)「上総国分尼寺遺跡の井戸内堆積物から産した植物化石群」植生史研究第4巻第1号,pp.25-34
  2. 須田勉(2021)『ならび建つ国分僧寺・尼寺 上総国分寺』新泉社

柳田布尾山古墳2026年05月13日 00:14

柳田布尾山古墳(やないだぬのおやまこふん)は、富山県氷見市に所在する古墳時代前期(4世紀前半頃)の前方後方墳である。。

概要

柳田布尾山古墳は1998年に西井龍儀氏によって発見され、現地調査により全長100mを超える前方後方墳であることが確認された。北陸地方有数の首長墓と考えられている。発見当時は古墳北側で宅地造成の土砂採取が行われ、西側でも土砂採取が進行していた。特に西側の土砂採取は墳丘後方部のすぐ横にまで迫っており、周濠の一部が破壊され、法面(採土跡の斜面)に断面が露出する状態であった。埴輪や葺石は確認されていない。墳丘周辺から古墳時代前期の土師器が出土しており、築造年代推定の根拠となった。後方部中央に粘土槨があるが、盗掘に遭ったため、詳細な副葬品や遺体の詳細は明らかではない。 規模は墳長107.5m、後方部一辺55m・高さ9m、前方部幅47m・長さ51m・高さ6mである。 周濠は幅約8mを測り、底は北側に向かって緩く傾斜する。最も深い所で地表面から2.3mである。柳田布尾山古墳の立地はは富山湾や二上山を望む立地と墳丘方向が注目されている。前方後方墳としては、日本海側で最大級の規模である。後方部中央の粘土槨からは、碧玉製の管玉が出土した。 周辺には陪塚と考えられる2号墳が後方部東側に所在する。直径25メートルの円墳で、墳丘周囲には幅約5メートル・深さ約1.6メートルの周濠がある。

遺物

指定

  • 2001年(平成13年)1月29日 国指定史跡

展示

  • 柳田布尾山古墳公園古墳館

アクセス等

  • 名称  :柳田布尾山古墳
  • 所在地 :富山県氷見市柳田字布尾山34番
  • 交 通 :JR氷見線「氷見駅」から加越能バス「柳田南」バス停下車、徒歩約10分

参考文献

  1. 氷見市教育委員会(2006)「史跡柳田布尾山古墳 整備事業報告書」
  2. 氷見市教育委員会(2000)「柳田布尾山古墳」氷見市埋蔵文化財調査報告第29冊