元屋敷遺跡 (新潟県) ― 2026年06月29日 00:09
元屋敷遺跡 (新潟県)(もとやしきいせき)は新潟県村上市に所在する縄文時代後期から晩期の大規模な集落遺跡で、奥三面遺跡群を代表する遺跡の一つである。
概要
朝日連峰に源を発する三面川上流域の河岸段丘上、標高190~200mに位置しており、明治時代から土器や石器の採集地として知られていた。 県営奥三面ダムの建設に伴い、その水没範囲に所在する奥三面遺跡群の一つの遺跡である。昭和63年(1988年)から平成10年(1998年)まで奥三面ダム建設に伴う発掘調査が実施され、朝日村教育委員会が1991年(平成3年)から1993年(平成5年)および1996年(平成8年)から1998年(平成10年)に調査を担当した。調査面積は33,000㎡以上に及んだ。現在、遺跡はダム湖底に水没している。
発掘調査
縄文時代後期(約4,000年前)から晩期(約3,000年前)に形成された遺跡である。奥三面ダム建設に伴う発掘調査が実施された。南北に延びる人工的に造成された可能性が指摘されている流路によって居住域と墓域が区画されていた。 発掘調査により竪穴建物23棟、掘立柱建物62棟、配石土坑(配石墓)99基、土坑墓65基など多数の遺構が検出された。遺物では埋設土器204基のほか、土製品、石器、石製品、骨角器、漆製品、動植物遺存体などが出土した。
出土した動植物遺存体から、トチノミ・クルミ・クリなどの木の実を採集し、クマやカモシカの狩猟、マス・イワナ・コイなどの漁撈を行っていたことがうかがえる。磨製石斧未成品が13,000点以上出土したことから、石斧製作の拠点であったと考えられている。完成品は周辺地域へ供給された可能性が指摘されている。配石土坑(配石墓)は集落の儀礼や祭祀を行うエリアに設けられていた。墓域からは、縄文時代の祭祀や信仰を考えるうえで重要な土偶、石刀、石剣、岩版、土版などの貴重な遺物が多数出土している。 「縄文時代後期から晩期の生活や精神文化、広域交易を知るうえで学術的価値が高い」と評価され、出土品1,718点は、「元屋敷遺跡出土品」として平成27年(2015年)9月4日に国の重要文化財(考古資料)に指定された。 出土品は村上市「縄文の里・朝日 奥三面歴史交流館」で展示されている。
アクセス
- 名称:元屋敷遺跡
- 所在地:新潟県村上市三面字黒淵(三面ダムの湖底)
- 交通: (三面ダム)JR羽越本線「村上駅」村上市コミュニティバスあべっ車『縄文の里朝日線』に乗車し、「縄文の里朝日」または「発電所前」で下車徒歩20分
参考文献
- 加藤元康(2019)「潟県における配石墓の沈み込み事例の検討」公益財団法人 新潟県埋蔵文化財調査事業団,研究紀要第10号
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