耳取遺跡 (新潟県) ― 2026年06月30日 00:05
耳取遺跡 (新潟県)(みみとりいせき)は新潟県見附市熱田町に所在する縄文時代を中心とする集落遺跡である。東山丘陵から派生する標高約76mの尾根上の平坦地に立地する国指定史跡である。
概要
明治初期の開墾時から土器・石器の出土が知られていた。1967年(昭和42年)には盗掘防止と遺跡保護を目的とした集落の時期や内容を確認する発掘調査が実施され、1987年(昭和62年)には民間開発計画との調整を図るための発掘調査が行われた。 これらの調査によって、耳取遺跡は約72,000平方メートルの広さであり、遺跡の時期は縄文時代草創期・前期・中期・後期・晩期から弥生時代前期にかけての遺構・遺物が確認されている。ただし縄文時代早期の遺構・遺物は確認されていない。
発掘調査
2011年(平成23年)から2014年(平成26年)までの4年間、見附市教育委員会による発掘調査が行われた。 縄文時代中期では直径3~8mの卵形の平面形をした12軒の竪穴建物跡とそれら建物に伴う炉跡が検出された。南西側が開く馬蹄形に並び、その範囲は南北60m、東西70mに広がっている。ヒスイ製大珠が2点出土した。ヒスイ製大珠として新潟県内最大級である。
縄文時代後期前葉の集落は丘陵の中央部から西側にかけて広がり,直径18mの中央広場を有する南北200m、東西118nの環状集落となる。集落の北端と東端及び中央広場から多数の人骨片が出土した。
後期後葉の集落は丘陵の東側に広がり,柱穴は直径約130cm、深さ1m以上に達し、その内部には直径約50cmの柱痕が確認された。これらの柱穴によって構成される亀甲形の掘立柱建物が検出された。建物として確認できたのは55棟である。出土遺物は三十稲葉式、大洞A式などの土器類、ヒスイの勾玉、石錘、石斧、石棒、石皿などの石器類、土偶および土製品である。 耳取遺跡から出土した遺物はみつけ伝承館で展示されている。 なお長崎県長崎市、熊本県人吉市、秋田県横手市にも同名の遺跡がある。
遺跡の重要性
縄文時代中期・後期前葉・後期後葉という三つの時期の集落構造の変遷を同一遺跡内で比較できる全国的にも貴重な事例とされている。大規模な開発等により破壊されずに良好な保存状態を残していることは重要である。 耳取遺跡は縄文集落の変遷や建築様式、集落構造の発展を知る上で重要な遺跡と評価されている。
指定
- 2015年10月7日 国指定史跡
展示
- みつけ伝承館
アクセス
- 名称:耳取遺跡
- 所在地:新潟県見附市耳取町字岩沢
- 交通: JR信越本線「見附駅」から徒歩58分(車20分)
参考文献
- 新潟県見附市教育委員会(2018)「史跡耳取遺跡保存活用計画」
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