大堤権現塚古墳 ― 2026年05月10日 00:12
大堤権現塚古墳(おおつつみごんげんづかこふん)は、千葉県山武市に所在する6世紀末から7世紀初頭の前方後円墳である。
概要
九十九里平野に面する標高41mの台地上に所在する古墳である。地区では権現様と呼ばれている。九十九里地域でも有数の規模であり、山武地域では最大級の前方後円墳である。
1991年(平成3年)、1992年(平成4年)に実施された確認調査により、墳丘の規模は全長115m、後円部径60m、前方部幅53m、高さは後円部12m、前方部10mと確認された。主体部は前室・奥室の複室構造をもつ横穴式石室である。奥室右奥部に作り付け石棺が安置されている。奥室は長さ2.1m、幅3.5m、前室は長さ3.1m、幅1.5m、羨道残存長は2m、幅1.5mである。埋葬施設の全長は約9mに及ぶ。1991年に山武郡市文化財センターが周溝の確認調査を行った。
三重周溝をもつ盾形古墳(平成3年確認)である。3重周溝をもつ古墳は珍しい。大型古墳であるが埴輪をもたず、前方部を南側に向けて築造されるなど特異な古墳とされる。横穴式石室・複室構造・石棺設置という特徴から、畿内系文化の影響が示唆される。「三重(さんじゅう)にめぐる周溝」を持つ古墳は、大王級、あるいはそれに準ずる強大な首長層の象徴やそれに準ずる極めて強大な権力者の象徴とと考えられる。二重周溝よりもさらに広大な空間を占め、墳丘を幾重にも隔離することにより、聖域としての格付けを高める。埴輪をもたない大型前方後円墳は古墳終末期への移行を示す特徴、あるいは地域的独自性を示す可能性がある。
副葬品の大半は石棺内からの出土であるが、石室内は盗掘を受けており、遺物は僅少であった。 装身具として金銅製耳環5点、勾玉5点、管玉1点、ガラス小玉12点があり、石室内に丸玉・小玉が多数みられ、ほか水晶切子玉が出土した。武器として鉄刀(頭椎大刀・圭頭大刀)、鉄鏃があり、農工具・工具類として金銅製鞘付刀子が出土した。金銅製器具破片・鉄片(石室内)がみられる。築造順では不動塚古墳に続き、駄ノ塚古墳、駄ノ塚西古墳が後続する。墳丘の前方部は一部削平されており、削平された前方部上には箱根神社が鎮座する。
遺物
指定
- 1990年3月16日 千葉県指定史跡
展示
アクセス等
- 名称 :大堤権現塚古墳
- 所在地 :千葉県山武郡松尾町大堤字宮前482
- 交 通 :松尾駅から徒歩20分、1.5km
参考文献
- 日高慎(2016)「東国古墳時代埴輪生産組織の研究」『日本考古学』,日本考古学協会 編 (41), pp.87-93
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