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大風呂南墳墓群2024年02月27日 00:12

大風呂南墳墓群(おおぶろみなみふんぼぐん)は京都府岩滝町にある弥生時代の墳墓群である。

概要

大風呂南墳墓群は若狭湾につながる阿蘇海沿岸の丘陵上に位置する。1998年の調査で、弥生時代後期後半から末期にかけての2基の墳墓群から5つの埋葬主体部を検出した。最終的に墳墓群は、ニ基の墳墓に大小合わせて十の埋葬施設が確認されている。 大風呂南墳墓群は丘陵の尾根の斜面を削り、平坦面を作り出した台状墓である。丹後地域における鉄器の出土量はこの時期としては、全国有数である。京都府大風呂南一号墓出土品は2001年6月22日、重要文化財に指定された。

1号墓

一号墓の第一主体部は長さ7.3m、幅4.3m墓穴を深さ2.1mまで掘った大規模な墓孔である。一号墓からは副葬品が多数出土した第一主体部と第二主体部があり、いずれも木棺直葬の埋葬施設である。第一主体部からは長さ4.3m、幅1.3mの大きな舟底状の木棺が出土し、 木棺内の被葬者の周囲に朱が塗られていた。被葬者の頭部付近に碧玉製の管玉が270点まとまっていた。さらに11本の鉄剣、四本の銑鏃、鉄製のヤス、ガラス釧一点、銅釧十三点、貝で作られた腕輪の一部、ガラス製の勾玉十点が出土した。直往9.7cmのガラス釧は、持つ淡いコバルトブルーの色調で、保存状鑑も良い。これまでガラス腕輪は丹後の大宮町1点と福岡県2点と、破片で見つかっていたが、完全な形では初出土であった。中国南部、ベトナムなどで出土する釧(腕輪と形や成分が同じと判明している。甕は高さ21cm、葬送儀礼において木棺部周辺で破砕されたもの。内面調整はヘラ削り、底部から大部に掛けて煤が付着しているため、使用されたものと見られる。

築造時期

  • 弥生時代後期

指定

  • 昭和16年1月27日 - 国指定史跡

被葬者

当時の丹後地方を代表する王の墓と考えられる。

遺物

  • 碧玉製管玉
  • 鉄製ヤス
  • ガラス製勾玉
  • ガラス釧
  • 貝輪残欠
  • 銅釧
  • 銑鏃
  • 鉄剣
  • 甕 -土器

展示保管

アクセス等

  • 名称:大風呂南墳墓群
  • 所在地:〒629-2262 京都府与謝郡与謝野町岩滝
  • 交通:岩滝口駅 から 徒歩44分 3.0km

参考文献