下布田古墳群 ― 2025年12月13日 00:21
下布田古墳群(しもふだこふんぐん)は東京都調布市にある古墳時代の古墳群である。
概要
東京都調布市布田六丁目の区画整理事業に伴う発掘調査で発見された。現時点で墳丘が残る古墳はないが、かっては「布田九塚」といわれ、戦前まで墳丘が見られたとされる。 付近に「下布田遺跡」がある。古墳群は府中市白糸台古墳群から地域的に連続して飛田給古墳群、下石原古墳群、上布田古墳群、下布田古墳群が作られた。
調査
1999年から2001年(平成13年)にかけての調査で、9基の古墳が検出された。下布田古墳群には20基の円墳が確認されている。
下布田4号墳
下布田遺跡の東側にあり、周溝の西側から北側が調査された。推定墳丘長は26mである。古墳の築造年代が分かる資料は出土しなかった。かって「庚塚古墳」と呼ばれていた。
下布田6号墳
かって「狐塚古墳」と呼ばれていた。昭和19年頃に照空隊陣地設営のため、大半が掘り崩されており、2000年(平成12年)の調査時点では、中央部分に80cm程の高まりを残すだけであった。古墳群中で最終末期に造られ、径44m、幅3.7~9mの周溝がめぐる大型円墳である。周溝を含める外径60.5mで、埋葬施設は半地下式の横穴式石室を構築する。周溝の南西部にブリッジを有する。石室はほぼ真南に開口する。主体部の一部を調査できた。奥壁に凝灰岩質砂岩の切石を用い、側壁等は河原石で構築する横穴式石室である。羨門から奥壁まで8.7m、石室床面長6.8mのサイズで、奥壁へ向かいやや幅が広くなる羽子板状の形状である。幅は奥壁側で2m、羨門側で1.45mである。羨道部の側壁寄りから鉄製大刀3本(最長のものは、全長94.5cm、刀身部79cmの直刀で、刀身に径5mmほどの孔を穿った刃関孔をもつ)、鍔1点、小刀1点、刀子1本、鉄鏃1本、墓道から須恵器や土師器が出土した。石室と出土遺物から7世紀前半の築造とみられる。 狐塚古墳は都内最大規模の円墳として重要な位置にある。
下布田7号墳
東側の周溝を確認した。墳丘径は約17mである。
下布田8号墳
周溝の一部を確認した。墳丘径は約25mである。周溝から土師器杯3点、須恵器1点、須恵器甕2点、石製紡錘車1点が出土した。須恵器は5世紀中頃から後半と見られる。
下布田9号墳
墳丘径は約22mである。周溝内から土師器坩1点、壺1点が出土した。溝底から土師器大型壺、脚部のない高坏を蓋とする埋設土器が確認された。
下布田10号墳
河原石で構築する横穴式石室と周溝の一部を確認した。石室は原形をとどめていない。墳丘径は約23mである。石室の構造から7世紀前半の築造とみられる。
下布田11号墳
墳丘径は約22mである。下布田遺跡から道路を挟んだ北側である。周溝内から5世紀前半の土師器坩1点が出土した。
下布田12号墳
墳丘径は約22mである。周溝の中から5世紀末から6世紀前半に比定される須恵器甕が出土した。
下布田13号墳
墳丘径は約13mである。周溝の上部から6世紀に比定される土師器杯が出土した。周溝の北西部にブリッジがある。
遺構
- 古墳
- 横穴式石室
遺物
- 鉄製大刀3本
- 鍔1点、
- 小刀1点、
- 刀子1本、鉄
- 鏃1本、
- 須恵器
- 土師器
- 土師器坩
- 鉄製大刀
- 鍔
- 小刀
- 刀子
- 鉄鏃
- 須恵器甕
- 石製紡錘車
指定
- 2014年(平成30年)3月15日 東京都指定史跡 (下布田6号墳)
築造年代
- 5世紀中頃から6世紀前半
展示
- 調布市郷土博物館
アクセス
- 名称:下布田古墳群
- 所在地:東京都調布市布田六丁目53番1
- 交 通: 京王線「布田」駅下車徒歩10分
参考文献
- 石森直吉『たづくりを巡りて』
- 調布市市史編集委員会(1990)『調布市史 上巻(原始から中世)』
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