舟戸山古墳 (茨城県) ― 2026年07月03日 00:11
舟戸山古墳(ふなとやまこふん)は茨城県日立市に所在する古墳時代前期末から中期初頭(4世紀後半~5世紀前半頃)に築造された方墳である。
概要
舟戸山古墳は久慈川支流だった茂宮川に近い高台に位置する古墳である。舟戸山古墳は茂宮川や久慈川の河口近くの私有地の丘陵に所在する。舟戸山共同墓地の阿弥陀堂の背後となる。茨城大学人文社会科学部考古学研究室と日立市郷土博物館による調査により、1952年の調査以来、約70年ぶりとなる本格的な調査によって、その歴史的価値が改めて評価された。茨城大学人文社会科学部考古学研究室と日立市郷土博物館は2026年6月22日、舟戸山古墳の規模は1辺60メートル以上の方墳であり、高さは7m。古墳時代前期(4世紀後半)から中期(5世紀前半)に造られたものとしては東日本最大級の方墳となる可能性があると発表した。周溝を含めた規模は約101mである。終末期(7世紀)の方墳では岩屋古墳(千葉県栄町)が東日本で最大規模とされ、1辺78mである。
測量調査
2023年度から2025年度にかけて約2年半に渡り、茨城大学の田中裕教授(考古学)は測量と地中レーダー探査を行った。その結果、古墳は正方形か長方形の2段築成とみられ、墳丘の高さは7m、頂上部は平坦な1辺21~22m四方の規模と確認された。頂上部や周辺から見つかった高坏などの土器からも築造時期を推定した。墳頂部平坦面に2か所の反応があり、竪穴系埋葬施設の可能性があるとされた。墳頂から土師器、墳丘周辺から弥生土器、瑪瑙片、瑪瑙原石が採取された。 従来は円墳とされてきたが、今回、方墳であることが判明した。1952年、周辺の墓地造成に伴う調査により組合式石棺や人骨、鉄剣などが出土しており、直径50メートルの円墳またはホタテ貝型古墳とみられていた。組合式石棺は整地時に発見されている。 田中裕教授は舟戸山古墳の重要性として、古墳の頂上から久慈川河口や港を見下ろせる場所にあり、荷物の積み下ろしを監視し、古墳時代に水上交通を掌握していた可能性のある首長層集団がいたと指摘した。また舟戸山古墳から採集した円形透穴をもつ屈折脚高杯から古墳時代中期以前に位置付けられる可能性が示された。
報告書
2026年には茨城大学人文社会科学部考古学研究室から調査報告書『常陸国久慈郡・那珂郡域の古墳研究 調査報告(墳丘・遺構・遺物)』が刊行され、舟戸山古墳の墳丘構造、出土・採集遺物、墳形、築造年代などについて詳細な検討が行われた。
指定
アクセス
- 名称:舟戸山古墳
- 所在地:茨城県日立市久慈町4丁目279
- 交通: JR常磐線 大甕駅から徒歩37分(2.6km)
参考文献
- 「東日本最大の方墳 日立・舟戸山古墳 古墳時代前中期造営で」茨城新聞、2026年6月23日
- 「茨城の舟戸山古墳、東日本最大級の方墳の可能性」朝日新聞、2026年6月25日
- 田中 裕「日本古代における「里長」層の形成過程とその政治的社会的基盤」2024年度 実施状況報告書、科研費
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