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上窪遺跡2026年07月04日 00:05

上窪遺跡(かみくぼいせき)は山梨県中央市に所在する、平安時代中頃から鎌倉時代初頭にかけての集落跡・水田跡を中心とする大規模な複合遺跡である。

概要

上窪遺跡は甲府盆地のほぼ中央に位置し、標高252mの微高地上に立地する。中央市中央北、JR身延線小井川駅から東へ約1.2km、山梨大学医学部の南に位置する。 上窪遺跡は山梨県中央市に所在する遺跡であり、平安時代中頃から鎌倉時代初頭にかけての水田跡・集落跡・墓跡が良好な状態で確認されている。木製埋葬品や墨書木簡の出土で知られる。 第1・第2次調査ではトレンチ調査が行われ、古代水田跡の存在が確認された。水田跡は、現地表下約100cmで検出された。その後の発掘調査では、一般庶民の埋葬状況を伝える木製品や、判読可能な古代木簡が出土した。区画整理事業などに伴い、8次にわたる発掘調査が行われ、第5次調査において水田跡や平安時代住居跡4軒などがみつかった。 第5次調査で出土した木製品などを含む「上窪遺跡(5次)墓跡出土品一括」は山梨県指定有形文化財となっている。

発掘調査

主要地方道韮崎南アルプス中央線県道橋梁改築工事に関わる第5次調査で平安時代の墓から、当時の埋葬の様子がわかる木製品が出土した。斎串と呼ばれる儀式で使われる道具、下駄、櫛などが植物質の敷物で遺体とともに包まれた状態で地表下約1.2メートルで検出された墓からみつかった。墓底面から、斎串が42本出土した。斎串は最短41.6cm、最長75.7cmである。平安時代の一般庶民の具体的な埋葬儀礼を知る貴重な資料となった。 平安時代中頃から鎌倉時代初頭の断続的な水田跡や集落跡が確認されている。複数回の洪水被害を受けた痕跡が見られるほか、地震による地割れや噴砂の痕跡が見られる。 集落跡から「今」「時」「副」といった文字が墨書された木簡が出土した。この時代の地方集落における文字の利用や、集落の役割を解明する手がかりとなり、社会背景を解明する上で歴史的価値が高いとみられる。

アクセス

  • 名称:上窪遺跡
  • 所在地:山梨県中央市成島・下河東
  • 交通:

参考文献

  1. 中央市教育委員会(2010)「上窪遺跡(5次調査)」中央市埋蔵文化財調査報告書 第2集